« 歴史に残るアベノ失政~ついに残留アベノマスク廃棄処分に | トップページ | 年末年始の行動 »

2021年12月25日 (土)

2021総選挙と日本の危機〜連合べったりで自滅する立憲 木村信彦~ピスカートル

2021総選挙と日本の危機〜連合べったりで自滅する立憲

木村信彦

 

●低投票率にみる政治への絶望


*「東京新聞」11/1号より

 政治は国民を映す鏡だという。今回の総選挙によって示された日本の政治の劣化は、安倍・菅政権9年がもたらした惨憺たる現実を前に、なおその継続を選んだ日本国民の劣化の産物である。それを何よりはっきりと示しているのは投票率の低さである。今回の投票率は55.93%。戦後三番目に低く、一番目は2014年、二番目は2017年という。言い換えれば、安倍・菅政権は決してその政策が支持されたから長続きしたのではなく、国民の政治への無関心、もっと正確にいえば絶望によってダラダラ続いてきたということである。それが岸田のもとでも続いている。

 世論調査で支持政党を問うと、自民党が必ずトップに来るが、その理由をさらに問うと「他よりまし」が断トツで選択される。今回の選挙は、コロナ禍によって、二つの政権が立て続けに倒れる中で行われたもので、こうした構図をひっくり返す千載一遇のチャンスだった。直前の横浜市長選などでその可能性は十分見えていた。にもかかわらず惨敗した。何故か。有権者を投票所に向かわせるような選挙戦を野党が戦えなかったからである。

 立憲民主党の代表選が典型だが、選挙の後、愚劣を極める総括が繰り広げられている。曰く「批判ばかりではだめ」、曰く「野党共闘の見直し」。アベコベではないか。まともな批判、ラジカルな自・公政権批判がなかったことが問題なのだ。「野党共闘」が問題なのではなく、真面目に腰をすえて野党共闘に取り組まなかったことが問題なのだ。へっぴり腰で、グズグズ、おどおどと、共産党の票は欲しい、しかし共産党と同一視されたらまずいと、例えば枝野は街宣で一緒になった志位と並んで写真を撮られたら大変と逃げ回っていたという笑い話があるが、要するに「共産党と手を組んでどこが悪い」と言えないのである。そして与党も野党も、「分配」「分配」と馬鹿の一つ覚えのように叫んでいた。その当然の結果が低投票率と野党惨敗である。

●諸悪の根源は反共連合

 しかし、それもこれも、結局立憲民主党が、連合におんぶにだっこの政党でしかないところに根っこがある。三十数年前に国労と総評を解体して発足した連合は純然たる反共組織である。そのもとで、日本の労働者の賃金は低下の一途をたどり、非正規は4割を超え、「官製春闘」などという耳を疑うような言葉がまかり通っている。そもそも電力総連などのいわゆる民間6単産は労働組合の名に値しない存在だが、その中でついにトヨタ労組は、今度の選挙で組織内候補を取り下げ、自民党候補を支持するに至った。これが反共連合傘下の日本労働運動の一方の現実である。

 この対極で起きているのが、言語を絶する関生弾圧だ。全日建関西生コン支部という産別組合に対し、警察、検察、裁判所が、ヘイト組織、ネトウヨ、マスコミとつるんで、「暴力団」「反社会勢力」のレッテルを張り、組合員を根こそぎ逮捕・長期投獄し、労働運動も労働基本権も根絶やしにしようという攻撃である。日本はすでに労働運動を「犯罪」とする社会に成り下がった。一点つけ加えれば、反共連合から排除された労組からなる全労連は、共産党の選挙運動は熱心だが、労働運動的には全く無力である。遠回りのように見えても、日本の政治を変えるためには、職場と地域から労働運動を作り直し、連合を解体する以外にない。そのためにも反戦・反改憲の運動、環境、原発、沖縄、ジェンダー等々の市民運動と選挙運動と労働運動の結合が求められている。

●維新という親ファシスト勢力

 今回の選挙でさらに注目すべきは、維新の「躍進」である。弱者を切り捨て、弱者をいじめ、弱者の支持をかすめ取る、これが「身を切る改革」を高言する維新のおぞましい政治手法である。労組と公務員叩きを繰り返し、関西では関生攻撃の先頭にも立っている。究極の「自助」路線である。かつてトロツキーはファシストを「絶望の組織者」と呼んだ。新自由主義的「改革」主義に親ファシスト的な匂いがプンプンする。維新はこれまでローカル組織だった。しかし全国勢力を目指すとともに、声高に「改憲」などを叫び出している。維新の票は自民党への批判票である。ただし右からの批判票である。それが好戦的な国家主義に化ける日は近いのではないか。

 民主主義と政党政治の危機の中で、戦前は軍部が政治を牛耳り、日本を戦争に駆り立てた。21世紀の日本はどうなるのか。ファシズムが横行する素地は十分整っている。改憲と戦争の危機が迫っている。"それでも日本人は「戦争」を選んだ"――歴史家の加藤陽子が十年余り前に書いた本のタイトルである。彼女はこんな本を書くから学術会議から排除された。将来の歴史家が再びこのようなタイトルの本を書かなくて済むようになることを願うばかりである。(2021.12.1)

*ピスカートル第62号より転載。ピスカートル「今、憲法を考える会」ブログ https://piscator.hatenadiary.org/

« 歴史に残るアベノ失政~ついに残留アベノマスク廃棄処分に | トップページ | 年末年始の行動 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 歴史に残るアベノ失政~ついに残留アベノマスク廃棄処分に | トップページ | 年末年始の行動 »

2022年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村