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2021年4月12日 (月)

負けた維新を持ち上げる神戸新聞

 宝塚市長選は維新が敗北したものの、この間兵庫県知事選での大阪維新の動きに沿う形で情報をリークする神戸新聞(ごく一部の「決定」を党の決定、「議員団の決定」のように扱う)は、当選新市長ではなく落選維新候補を大きく扱う、「吉本と維新迎合の関西マスコミ・報道機関」の役割を物の見事に演じてくれた。
 維新候補が健闘したというが、その維新は大阪池田では市長が市長室・市役所を私物化し、間もなく不信任決議がなされることを報道もしない。宝塚市長選についていえば、「中川市政は順風か逆風か」という質問に、当選した山崎はるえ候補は「半々だった」と答えている。そうだ、山崎候補は中川市長の後継は表明したが、「かいらい」などではなく、40歳で弁護士になり、数年前に宝塚に住み、中川市長をはじめジェンダー平等・オッサン政治の刷新を求める市民により選ばれた市長なのだ。
 この過程である元衆議院議員から「中川さんはなぜもう一期しなかったのか」と聞かれた。宝塚の野党共闘(立憲、社民、共産と市民運動)からすれば、勝利しようと思えば中川4選もあり得たかもしれない。しかしどのような権力も長く続くと腐敗が忍び寄る。その前に中川さんは必至で後継者を捜し(有力な政治下の後継者探しは本当に難しい)、山崎さんがいったん拒否すると「そうよ、そうなのよ、自分から出たいと思う人はダメなのよ!」と執拗に(?)説得し口説き落としたのだ(山崎さんのある集会での報告)。いろんな苦労を味わい、人生の中盤に司法試験に合格し、次々と新たな課題を引き受ける、気概のある後継者を探し当てたのだ。選挙戦はそのような人を応援したい人々が担った。山崎選挙事務所を取材すればその一端は判りそうなものだが、この神戸新聞の記者は、そのようなことの本質は見つけず、維新政治の片棒担ぎになってしまっている。
 あらゆる人々から批判された森元五輪組織委会長を先頭とするこの国のオッサン政治。あれだけ批判されても、森元首相も、この国の政治も改まらない。大阪維新は、代表も幹部の男ばかり極少しいる女性議員は「丸川珠代・杉田水脈系」ばかりではないか。こんなものが長く続くはずはない。今年1年の各種選挙はジェンダー平等を求めるあらゆる人々の手で刷新されるであろう。
 既によくも悪くも論壇をリードしてきたエスタブリッシュメント新聞=朝日新聞の論断時評の評者が、このようなことを続けると朝日新聞は減部数が続くばかりだと、経営の面からも、長い朝日の歴史で初めて女性になった。論説委員・編集委員の多くを女性が担いはじめ、「アエラ」の編集長は歴代女性が続いている。阪神モダニズムの地=尼崎・西宮・芦屋・宝塚・伊丹・川西では、こうして3人の女性市長が生まれ、尼崎・宝塚ではこの期で15年を超える。大阪の文楽や芸能を壊してきた維新が、阪神の文化(阪神モダニズム)に負けたのだ。
 そして、今回の記事も写真の男性が担当している古いオッサン政治に依拠する「神戸ジャーナリズム」(そういえば神戸市長には女性がなったことは無い、女性議員もごくわずか)も、天の半分の担う女性と、ともに闘おうとする男性の支持をどんどん失っていくのではないか。神戸新聞には骨のある女性記者・男性記者はいないのか。ジェンダー平等が席捲する2021年にあたって、的外れな評論をくり返しジャーナリズムは、ネットジャーナリズムだけでなく、自らの旧体質により、歴史の舞台から退場するのかもしれない。


宝塚市長選 落選の維新新人・門氏「思いを実らせることができず申し訳ない~神戸新聞より

 



接戦の末、落選して肩を落とす門隆志氏=11日夜、宝塚市山本南2(撮影・斎藤雅志)

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接戦の末、落選して肩を落とす門隆志氏=11日夜、宝塚市山本南2(撮影・斎藤雅志)

接戦の末、落選して肩を落とし、反省の弁を述べる門隆志氏=11日夜、宝塚市山本南2(撮影・斎藤雅志)

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接戦の末、落選して肩を落とし、反省の弁を述べる門隆志氏=11日夜、宝塚市山本南2(撮影・斎藤雅志)


 兵庫県宝塚市長選で「兵庫攻略の第一歩」をかけた戦いは、再び退けられた。維新新人の元兵庫県議門隆志氏(54)は「大阪でやってきた維新の改革を、宝塚でもさせてほしい」と訴え、現職の後継候補と大接戦を演じたが、わずかに及ばなかった。党勢拡大の好機とみて総力を挙げた維新は、大阪府外で初の首長誕生を果たせなかった。

 落選の報が事務所に届くと、選挙スタッフらは沈痛な表情を浮かべた。「やろうとしていた選挙はやり切ったが、最後は私の力不足。たくさんの思いを実らせることができず申し訳ない」。門氏はマイクを握りしめ、言葉を絞り出した。

 今年は知事選や神戸市長選をはじめ、秋までには衆院選も行われる「選挙イヤー」。惜敗はしたものの、陣営幹部は「大健闘。阪神間で一定の存在感を示せた」。だが、自民と同じ候補を推薦する見通しの知事選で「主導権を握れるかは分からない」と語った。

     ◆

 宝塚は8年前、維新が「党勢拡大の足掛かりに」と、大阪以外で初めて首長選に公認候補を立てた因縁の地だ。その時は大阪都構想を巡って「尼崎や西宮、神戸まで特別区にしたい」という党幹部の発言で失速。現職の中川智子市長に約2万票差で惨敗した。

 前回4年前は候補を立てられず、屈辱の“不戦敗”に。今回は7月の知事選を見据え、大阪の党本部から擁立を厳命されたものの、候補者選びは難航した。最終的には、門氏が県議を2期目途中で辞めて挑むことを決断。正式に立候補を表明したのは、告示16日前だった。

 選挙戦では、中川市長の3期12年を「市政を停滞させた」と厳しく批判。財政が危機的状況にあると主張し、公約には市長報酬カットによる「身を切る改革」を掲げた。

     ◆

 コロナ対応のため吉村洋文大阪府知事(党副代表)の来援は見送られたが、党の幹部や重鎮が続々と来援。県内選出の国会議員や県議、市議らが脇を固め、総力を尽くした。

 「ビラの出方が8年前と違う。通行人から激励も受ける。ものすごい反応だ」。街頭演説を重ねるたびに強まる手応えを、地元市議は興奮気味に語っていた。

 序盤に「自分のあずかり知らぬ場所で戦略や来援スケジュールが決まる。これが党を挙げた選挙か」と戸惑いを見せていた門氏。毎晩、国会議員に「もっと泥臭く一票を取りに行け」と指導され、日を追うごとに表情は引き締まった。

 「改革で宝塚を前に進める」と訴え、中川市長の後継候補を追い詰めたが、最後の一歩が届かなかった。(山岸洋介、大田将之)


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