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2020年9月 1日 (火)

敵・味方を峻別する安倍政治にからめとられたメディアの見るに堪えない姿 安倍政治に敗北したメディア(上) 徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)


敵・味方を峻別する安倍政治にからめとられたメディアの見るに堪えない姿

安倍政治に敗北したメディア(上)責任は保守系とリベラル系メディアの双方にある

徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)



 新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、安倍晋三首相(65)は8月28日夕、持病の潰瘍性大腸炎の悪化を理由に辞任を表明した。第2次安倍政権は憲政史上最長の7年8カ月、「安倍一強」といわれた長期政権であったが、任期途中のあっけない幕切れとなった。

 


拡大首相官邸に入る安倍晋三首相=2020年8月31日午前9時41分

 

 安倍氏が自民党総裁に返り咲いてから約8年。衆院選3回、参院選3回と国政選挙で6連勝をつづけてきた。「選挙の強さ」が長期政権の原動力となったと考えられるが、その敵と味方を峻別する分断対決型の政治手法は、修復不可能なほどにメディアと社会を切り裂くこととなった。

 結論から先にいえば、安倍政治にメディアは敗北としたといえよう。ならば、ポスト安倍政治においては、この荒れた言論と社会状況を立て直す必要がある。「安倍政治とメディア」の関係を振りかえりつつ考えたい。

単独記者会見方式を採用した第2次安倍政権

 第1次安倍政権は、「戦後レジームからの脱却」を掲げるイデオロギー色の強い政権で、短命に終わった。第2次安倍政権は、民主党政権をふくめて1年前後の短命首相が6代つづいた後、2012年12月に誕生。発足後最初の選挙となった翌13年の参院選で、衆参の多数派が異なる「ねじれ」状態を解消し、「安倍一強」の基盤を固めた。

 発足当初からメディア対策に長(た)けた政権であった。

 従来、首相との記者会見は、内閣記者会が主催する共同記者会見方式をとってきた。首相は国内メディアとは単独で会見しないとうのが、不文律であった。それが第2次安倍政権になって変わった。単独記者会見方式が採られることになったのである。

特定のメディアに偏った首相のインタビュー

 報道各社が首相とサシで会見できるというのは、見方によれば民主的である。しかし、これはなかなかの曲者(くせもの)だ。単独会見の相手(新聞社、放送局)と時期を設定するのは、首相や首相官邸の判断になるからだ。

 別の言い方をすれば、「官邸官僚」と呼ばれる首相補佐官らが、時期を見計らいながら調整し、首相の思いを大きくアピールできることになる。実に巧みなメディア戦略であるとともに、メディアの分断にもひと役買うこととなった。

 たとえば、安倍首相は読売新聞との単独インタビューで憲法をテーマに縦横に語り、同紙2013年4月16日朝刊で「憲法96条をまず見直そう」と訴えた。96条の先行改正は憲法改正のハードルを下げるものだが、読売はこの日、1面と4面を使ってインタビュー概要を伝えた。

 翌17日朝刊では政治面で連載「憲法考 改正の論点」をはじめ、社説では全面的に安倍首相の考えを支持した。このように読売は2日間にわたって、改憲をめぐり、たいへんインパクトの強い紙面をつくったわけだ。

 この単独会見方式は、恣意的ではあるものの当初は新聞、放送各社ともに均等に回していた。しかし、この原則はほどなく崩れ、首相と近いメディアにインタビューの機会が偏った。過度のメディア選別のはじまりで、その結果、報道機関が分断され、亀裂が走ることとなった。

 


拡大日本テレビ系の情報番組「スッキリ!!」でインタビューを受ける安倍首相(2013年4月18日放送分)から

 

「NEWS23」で語気を強めた安倍首相

 安倍首相は、報道への介入ともとれる発言をしばしばおこなった。

 「多弱」の野党を不意打ちするかのように衆院解散を表明した2014年11月18日夜のことだ。首相はTBS系「NEWS23」に生出演し、リラックスした表情で岸井成格アンカーらの質問に答えていた。

 ところが、番組途中で街頭インタビューがVTRで流され、安倍政権の経済政策について否定的な意見や感想が語られると、首相はにわかに気色ばみ、「おかしいじゃないですか」と岸井氏らを問い詰めた。VTRにはアベノミクスに肯定的な声が入っていたにもかかわらず、安倍首相は偏向報道といわんばかりに語気を強めたのである。

 このような出来事があった後、2014年末の衆院選後、15年9月中旬までで安倍首相がテレビ出演したのは計9番組で、日本テレビ系(読売テレビ含む)、フジテレビ系(関西テレビ含む)、NHKにかぎられている。テレビ朝日系とTBS系、テレビ東京系は首相出演がゼロ。首相官邸のメディア選別は、新聞にとどまらずテレビにまでおよんだ。



番組出演という「ご褒美」?

 テレビ報道をもう少し具体的にみてみる。

 沖縄は2015年6月23日、戦争終結から70年になる「慰霊の日」を迎えた。糸満市の摩文仁の丘で沖縄全戦没者追悼式典が催され、あいさつにたった安倍首相に会場から「帰れ!」「何のために来たんだ!」との罵声が浴びせられた。

 異例の事態となった式典の様子を伝えたのは、テレビ朝日とTBSテレビだけだった。テレ朝の「報道ステーション」はヤジと分かるように伝え、4日後のTBSの「報道特集」は立ち上がって叫ぶ男性の後ろ姿を映しだしている。

 その日のNHKのニュースは首相の発言要旨を報じるだけで、怒号についてはノーコメントだった。日本テレビとフジテレビも沈黙を守った。

 過剰なまでに配慮したNHKと日本テレビ、フジテレビは、日頃から首相との関係が良好で、先に述べたようにたびたび出演している。まるで首相から引き替えに出演という「ご褒美」をもらっているようではないか。

 2016年春には、首相に対して辛口の発言をするTBS「NEWS23」アンカーの岸井氏、テレビ朝日「報道ステーション」キャスターの古館伊知郎氏、NHK「クロースアップ現代」キャスターの国谷裕子氏が相次いで降板した。いずれもリベラルな立場から発言し、報道番組の「顔」といっていい人たちだ。偶然にしては出来すぎており、釈然としない思いをもつ視聴者は少なくなかった。

リベラル系と保守系の二極化が進んだメディア

 安倍政権は、巨大与党の「数の力」を頼み、特定秘密保護法、集団的自衛権行使に道を開く安全保障法制、「共謀罪」の趣旨をふくむ改正組織犯罪処罰法など、国論を二分する法律を次々に成立させた。いずれも野党や国民の声を聞かず、対立関係をつくったうえで、最後は数の論理で強行採決していった。

 審議中の安全保障関連法案に反対する抗議行動が2015年8月30日、国会議事堂前やその周辺であった。主催した市民団体によると参加者は12万人、最大規模の抗議行動になった。

 


拡大安保関連法案に反対し、国会前の通りを埋め尽くす人たち=2015年8月30日午後1時57分、東京都千代田区

 

 この様子を報じる在京紙の8月31日朝刊をみると、安保関連法案に反対する「朝日、毎日、東京新聞」は大きく報じ、同法案に賛成する「読売、産経、日経新聞」は抑えた扱いで伝えた。

 東京は国会前を埋める群衆の特大写真とともに1面トップで報じ、朝日と毎日は1面の二番手の記事として手厚く伝えた。一方、読売は2社面での目立たない扱いにし、反対派デモだけでなく、小規模の賛成派デモを同列に伝えた。産経は2社面でやや大ぶりに扱ったが、反対派デモを酷評する内容だった。日経は社会面のベタ扱いで、記事そのものが埋没していた。

 「朝日、毎日、東京新聞」をみると、安保政策の歴史的な転換期を迎え、大規模な抗議行動が繰り広げられていると実感できる。これに対し、「読売、産経、日経新聞」をみると、一部の反対派がいるものの、国会審議は淡々と進んでいるという印象になる。

 リベラル系と保守系メディアに二極化する言論状況が、修復不可能なほどにかたちづくられたというのが、安倍政権の現実だ。このような状況で、もし1紙だけを読み、同系列のテレビニュースを見ていたら、偏った情報だけが刷りこまれることになる。

コスト論と人格権がぶつかり合った原発政策

 安全保障政策と並び、エネルギー・原子力政策は、国の根幹をなすものだ。安保政策と同様にエネルギー・原子力政策についても、保守系とリベラル系メディアが激しく対立した。安倍政権および保守系メディアは原発推進、リベラル系メディアは原発反対の立場である。

 東日本大震災が2011年3月11日に発生、東京電力福島第一原発が津波の影響で爆発事故をおこした。炉心溶融(メルトダウン)によって放射能が拡散し、最悪の場合「東日本壊滅」という事態にまで発展した。

 多くの住民が避難生活を余儀なくされ、甚大な被害がでたにもかかわらず、安倍首相は原発の再稼働を進めた。住民らが関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを求めた訴訟で、福井地裁は2014年5月21日、再稼働は危険だとして住民側の主張を認めた。福島第一原発の事故後、原発の運転差し止めを命じる初めての司法判断となった。

 原発推進派の運転中止によって多額の貿易赤字がでるという主張を「国富の流出」とせず、真の「国富の喪失」は「豊かな国土とそこに国民が根を下ろした生活を取り戻せなくなること」とする判決であった。コスト論よりも憲法13条による人格権を重視した画期的なものであった。

 翌日の新聞をみると、推進派の読売は「不合理な推論が導く否定的な判決」、産経は「拙速脱原発ありき」などとし、この判決に強く反発。反対派の朝日は「判決『無視』は許されない」、毎日は「なし崩し再稼働に警告」などと高く評価した。

 


拡大運転差し止めを命じる判決を支持者に伝える、原告団の弁護士ら=2014年5月21日、福井市の福井地裁前

 

安倍政治にからめとられたメディア

 多様な意見があることは健全なことで、それを否定しているのではない。ただ、今日の言論や政治、社会の状況は、憲法改正や原発の存廃、歴史認識など国論を二分するテーマで、保守とリベラルの両グループが鋭く対立、議論が二項対立化、双方ともに言いっ放しで終わっているケースが随所にみられる。

 このため、深い議論や、第三の可能性を探るといった成熟した言論が成立しなくなった。護憲か改憲か、原発推進か原発ゼロか、愛国か反省か、といった二者択一の極論しかない二元論に、社会が覆われることとなったのである。

 お互いに聞く耳をもったうえで、切磋琢磨していく。これは民主主義社会の正常な姿であろう。これが極端にゆがみだした最初の兆候は、東京電力福島第1原発の爆発事故であると考えられる。これを契機に原発推進派と反対派が激しく対立。背後には、「安全神話」を生みだした原発報道そのものに不信をいだく国民の厳しい目もあった。

 次なる亀裂の深まりは、2012年12月26日の第2次安倍政権の誕生に端を発する。安倍首相は閣議決定による集団的自衛権の解釈改憲をはじめ、安全保障政策の転換を強引に進め、日本の安保政策の根幹部分を塗りかえた。

 「国のかたち」を変える重大事でありながら、国会を軽視した安倍政治は自らの主張を唱えつづけ、対立意見に耳を貸さなかった。保守系メディアはこれに同調し、先述したように、異を唱える住民運動をほとんど報じないどころか、妨害ともとれる酷評をした。

 さらに、歴史認識をめぐる保守とリベラルの対立が、社会に決定的な分裂状態を招く。この背景には、安倍首相の「歴史修正主義」的な動きがあり、保守系メディアがそれに呼応するということがあった。

 敵と味方を峻別(しゅんべつ)する分断対決型の安倍政治にからめとられたメディアの姿は、ときとして見るに堪えないものであった。これには保守系とリベラル系メディアの双方に責任がある。この8年を振り返れば、安倍政治にメディアは敗北したのである。(続く)

 


拡大辞任表明の会見に臨む安倍晋三首相(手前)。左端は菅義偉官房長官=2020年8月28日午後5時、首相官邸

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