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2020年8月16日 (日)

阪本茂雄高知県議のブログより~引き揚げ、福島原発、コロナ禍~貫かれる棄民策 

8月16日「『引き揚げ』『原発事故避難』『コロナ』を貫く棄民策」


 昨夜、IWJで、「コロナ禍の陰で現在も進行する原発事故被害 原発事故被災者・避難者を襲うコロナ危機! 今、何をすべきか、すべきではないのか!」というテーマでジャーナリスト青木美希氏のインタビューを視聴していました。

 青木さんの著書「地図から消される街 3.11後の『言ってはいけない事実』」」を手にしていたこともあって、ぜひお話を聞いてみたいとの思いでしたが、興味深いお話ばかりでした。

 8.15ということもあって、最初に口にしたのは、終戦当時旧満州撫順で暮らし、引き揚げることとなった自らの祖父母、母のエピソードに触れ、国策で満州に移住したのに、引き揚げるときは自己責任。

 これは、福島原発事故、コロナの問題と「棄民」ということでつながると述べられました。

 青木さんは、浪江町津島地区は旧満州からの引き揚げ者が入職して開拓して住んでいた地区が今度は国策の原発事故で避難を強いられたことを紹介されました。

 福島の原発事故による避難先の住宅提供を政府と県が打ち切り、人々は自分のお金で避難生活を続けなければならなくなり、その中で自ら命を絶つ方も出てきており、ここでも自己責任が続いていますと訴えられました。

 さらに、「飯舘村では、未除染のまま避難指示解除が可能となるような検討がされている。除染は国の責務とされている放射線物質汚染対処特措法と矛盾するなど、国の責任放棄である。」と指摘されるようなことが進められています。

 そして、原発事故で浪江町から南相馬市の災害公営住宅に避難していた60代の男性が、自室で「孤独死」しているのが見つかるということもおきました。

 浪江町社会福祉協議会は、「新型コロナの影響で対面での対応が難しくなり、異変に気づきにくい状況が生まれている」と話していたが、原発事故で苦境におかれている人が、コロナで追い打ちをかけられ、命まで失っていると言うことです。

 まさに、自己責任を強いる国の棄民策の責任を我々は追及していかなければと考えさせられるロングインタビューでした。

8月15日「繰り返さないために語り継ぐ」

 75年前の今日、日本は戦争に敗北しました。

 敗戦から75年、戦中・戦後を生きてこられた方には、一人一人の戦争体験があり、一人一人の戦後が積み重ねられてきました。

 高知では放送されませんが、TBSでは「終戦75年スペシャル第1部・女性たちの8・15」という番組があり、日頃ご指導頂いている高知市の藤原充子弁護士が取材出演するとのことで、楽しみにしていましたが、残念ながら高知での放送はないことが分かりました。

  しかし、藤原弁護士の戦中、戦後から今に至る生き様が「弁護士五十年、次世代への遺言状」に綴られています。

 上巻第2章に「物心ついたときから戦争の時代」で、関東大震災の日に、神戸市で生を受けてから「満州事変勃発」「満州帝国の建設」「女の子も戦争ごっこ」「女学校生活と疎開」「工場へ学徒動員」「疎開と転校」「敗戦間近の姫路市空襲」「昭和20年8月原爆投下と敗戦」など歴史の流れを庶民の目で振り返られています。

 また、私の母の友人で「満州の歴史を語り継ぐ高知の会」の崎山ひろみさんは、8月13日の高知新聞「声ひろば」に「8月9日の満州」と題した投稿をされています。

 そこには、「満州での開拓団の悲劇や苦しい逃避行の日々のこと、残留婦人や孤児のことは多くの方が一度は聞かれたことがあることでしょう。在満日本人155万人は8月9日の未明、ソ連軍が参戦したことにより、この日から苦難の道を歩みだしたのです。8月15日は、私たち満州にいたものにとっては日本の敗戦であって、終戦ではありません。まだ戦争の真っただ中だったのです。ソ連軍の暴行、略奪、女性暴行、日本軍が中国本土でしたことと同じことを味わわされたのです。」と書かれています。

 私も、幼少期に母から聞かされたのは、ソ連兵から身を守るために、丸刈りにして男の子の格好で、逃げ回ったとの話でした。

 そして、今は亡き父は、郵便局員だったことから通信兵として、徴兵されビルマ戦線で終戦を迎え、一時期捕虜となったことを聞かされていました。

 戦中・戦後を生きた人々一人一人の戦中・戦後がある中、日本世論調査会が6〜7月に実施した全国郵送世論調査で、日本が戦後、戦争をしなかった理由を聞いたところ、47%が「憲法9条」の存在を挙げ、続いて23%が「戦争体験者や被爆者が戦争の悲惨さを訴えてきたから」と答えていることを改めて胸に刻みたいと思います。

 そして、戦争の反省に立って制定した憲法への評価と、戦争体験を語り継いできた先人たちの努力を蔑ろにする政権でなく、さらに息づかせていく不戦を誓う民主政治を実現しなければなりません。

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