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2020年3月22日 (日)

この国は本当に恐ろしい国~罪を仕立て自殺に追い込んだ財務省、特捜 伊藤乾

罪を仕立て自殺に追い込んだ財務省、特捜  
  伊東 乾   

 

赤木俊夫さんの手記から見えてくるのは、国によって仕立て上げられた犯罪を着せられた「絶望」だ。© JBpress 提供 赤木俊夫さんの手記から見えてくるのは、国によって仕立て上げられた犯罪を着せられた「絶望」だ。

「・・・森友学園を巡る公文書改ざんに関与させられて追い詰められ、心を病み、2018年3月7日自ら命を絶った」

 赤木俊夫氏の「手記」が明らかになった現時点で、上のように記すほど、手ひどい間違い、さらには「タチの悪い省略」はない、と言わざるを得ません。

 報道によれば、確かに赤木氏は精神科の加療を受け、以前とは別人のようになってしまったとのことです。

 しかし、精神科の加療を受けつつ自殺(未遂を含む)した人を身近にもつ一個人として思うのは、これはいわゆる、疾病に基づく「発作的・衝動的な希死念慮」ではないということです。

 冷静な意識を最期まで保ったままの、覚悟の自殺、「憤死」と呼ぶしかない、凄まじい最期だった。

「心を病み」「自ら命を絶った」などという安っぽいマスメディアやライターが濫用する、手垢のつきまくった文字の並びは、その本質を何一つ伝えないことに、怒りを禁じえません。

 週刊文春3月26日号は「完売」したとのことで、水で薄めたようなネットメディアで関連の報道を見る方もおられると思います。

 事実、私も3連休に入るまで、コロナ回りを含む公務の新しい雪崩に襲われ、元NHKの大阪日日新聞、相澤冬樹さん渾身の記事を読むまで、ことの本質にぼやけた誤解を抱いていました。

 一体何があったのか?

 赤木氏の遺書というべき「手記」ならびに相澤氏のルポルタージュで示された「新事実」に即して、ありうべからざる腐敗の構造を確認してみたいと思います。

仕立て上げられた「実行犯」

 まず出来事を簡潔に、年表形式の箇条書きにまとめてみましょう。

2017年

2月8日 大阪府豊中市・木村市議の裁判で「森友学園への国有地売却問題」が明るみに。

2月17日 安倍晋三首相による、妻を含む関与を否定する国会答弁

2月24日 佐川理財局長「交渉記録はない」国会答弁

2月26日(日曜)赤木氏、午後4時半に登庁し、1回目の改竄に、断る余裕もなく無理やり参加させられる。

3月7日頃 2回目の改竄。最終的に改竄は3~4回に及ぶ。

4月11~13日 会計検査院・特別検査(第1回・合格せず第2回が6月に行われる)

6月23日 人事異動の内示。赤木氏以外の全員が配置転換、赤木氏のみが残される。かつ、森友問題関連の資料がすべて処分されてなくなっていた。

・・・ここから、赤木氏を巡る客観的な状況、ならびに心身の容態は急変していきます。

6月28日 18:30 特捜部来庁(赤木氏のメモそのまま)

 問題の土地取引があったとき、赤木氏は当該部署に配置されていません。したがって、土地の取引そのものについては何も知りません。

 知っているのは「改竄」だけで、これについては、極めて不本意ながら「実行犯」にさせられてしまっていた・・・。

 この悔悟と慚愧、そして、どのような絵を描かれてしまったかを知ったときの絶望と恐怖は、私も国立大学教官という特殊な形ですが、会計検査を含む公務員の日常を長年知るものとして、言語に尽くせないものを感じます。

 また、このあたりの記載が、マスコミ全般にきちんとなされていないことに、強く疑問を持ちました。

 はっきり書いているのは、同様の案件で刑事訴追され、執行猶予付きの有罪判決を受けた経験のある畏友・佐藤優くらいもので、どこかぼやけた記載ばかりを目にします。

精神を追い詰めた検察・事情聴取

 赤木さんの手記からの、箇条書きに戻りましょう。

2017年

6月28日 18:30 特捜部来庁(赤木氏のメモそのまま)

 特捜検事がやって来ても、5日前の人事で他の担当者はみな異動してしまいました。示すべき資料は何もない。すべて知らない間に処分されてしまった。

 そして、その状況で「財務省担当者」としての全責を負わされ、根掘り葉掘りやられたことが、容易に想像がつきます。

 検事の方は、財務省の巨悪を裁くつもりだから、一切値引きをしないでしょう。

 しかし、その矢面に立たされているのは、本来の不正土地取引は全く知らず、ただ改竄という悪事に期せずして手を染めてしまった赤木さん一人です。

 私はこの一連の手記記載を、3月19日の深夜から20日にかけて読みました。

 そして、オウム真理教事犯、とりわけ地下鉄サリン事件との並行性に、胸潰される思いを持ちました。

 教団は、様々な小悪事に、そもそもは悪気のなかった「幹部」たちを次々と巻き込んでいきました。そして、共犯になってしまった・・・という罪の意識もろとも、さらに重大な犯罪の片棒を担がせるのに悪用しました。

 その典型が「坂本弁護士一家殺害事件」であり「地下鉄サリン事件」にほかなりません。

 ご存じの方はご存じのように、私の大学時代の同級生がサリン実行犯にさせられましたが、いま赤木さんの置かれた立場を念頭に、実行犯という人たちがどういう目に遭っていたか、日本社会全般によく考えてもらいたいと改めて思うのです。

「私は貝になりたい」などといっても、いまの若い人には通じないと思います。

 第2次世界大戦中、軍事行動や作戦の立案者ではなく、否応なく命令に従った兵士たちが「BC級戦犯」として責任を押しつけられ、理不尽な裁判の末に死刑に処せられ、それで事件は解決したことになり、作戦参謀などは命ながらえ、国会議員などに復権したりもする・・・。

 辻政信が典型的と思いますが、そういう、最悪の意味で典型的・日本的な構図が、ここでも繰り返されているのではないか・・・。

 オウム事件もそうです。サリンを撒かされた実行犯たちは、決してあの犯罪の計画者ではなかった。最も重い責任を問われねばならないのは、悪事の絵を描き、犯罪を計画した黒幕です。

 刑法の團藤重光先生は、刑事司法が復讐の具になることなく、変化する状況に即応して社会を守り高める文化の器となることを、終生強調され続けられました。

 そのような刑事司法であるべきです。再度、赤木手記の同じ個所に立ち戻ってみましょう。

2017年

6月28日 18:30 特捜部来庁(赤木氏のメモそのまま)

 これ以降、赤木さんは目に見えて元気がなくなっていったとのことで、7月15日には精神科を受診、うつ病と診断された。

 7月19日に夫婦で外食したときは、震えが止まらず顔色が真っ青だった・・・。

 こう書くと、病気の症状のように読めてしまうけれど、ここにあるのはそんな曖昧な話ではない。

 自分自身も加担させられてしまった公文書の改竄という現実と、それを捜査にやって来た特捜刑事、それを一人で応対せねばならなかった。

 これは、端的に言えば、組織として検察に、自分が人身御供に出されていると理解するしかない状況です。

 少し後に赤木さん自身が書いたメモから引用すれば

「これまでのキャリア、大学すべて積み上げたものが消える怖さと、自身の愚かさ」「まさに生き地獄」

 自分がいままで培ってきた三十数年のすべて、プライドも、経験も、苦学して卒業した大学も、すべてが失われる、自分の人生が壊れてしまう、そういう現実に対する恐怖であり、絶望であり、震えであり顔面蒼白であると理解する必要があります。

 赤木さんはその翌日、7月20日に病気休暇に入りました。

「検察シナリオで犯罪者は作られる」

 その検察からの接触は、病気休暇から「休職」扱いにシフトした後の11月17日に、職場を通してありました。

 赤木さんは震え上がっていたと、今回裁判の原告である奥さんが語っています。

 ドクターストップがかかっていたのに、12月25日には「久保田検事」から携帯に電話があり、20分にわたって事実上の聴取が行われ、赤木さんの精神は最悪の状態に追い込まれました。

 当該部分を引用しておきます。

「ぼくは職番に復帰したら検察に呼ばれる。検察は恐ろしいとこや、何を言っても思い通りの供述を取る。検察はもう近畿財務局が主導して改竄したという絵を描いている」

「そのストーリーから逃げられない。ぼくが何を言っても無理や。本省の指示なのに最終的には自分のせいにされる。ぼくは犯罪者や」

 財務省本省が絵を描いたのは間違いありません。

 しかし、実際に追い込んでいったのは、実は検察の捜査だった。

 いま強行されつつある、おかしな検事長の停年延長は、クロをシロにする可能性を国会でも指摘されていますが、シロをクロにすることもできる、とんでもない状況が何を生み出したか、よく見ておく必要があるように思います。

 2018年3月2日 朝日新聞に「改竄」の報道が出ました。

 赤木さんは直後から数回、自殺未遂の行動を繰り返し、5日後の7日に、ついに既遂(きすい)となってしまいました。

 しかしこの自殺を「心を病んで」と表現することに、冒頭にも明記したように、私は強い違和を感じます。

 疾病に伴う発作的な行動には、認知のゆがみが伴うことが少なくありません。

 しかし、いま残された赤木さんの手記を通読するなら、そこにあるのは、正確極まりない現実の認識だけであって、現実認識にゆがみなど一切見出すことができません。

「最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ。手が震える。恐い。命 大切な命 終止符」

 ここにあるのは、あえて不名誉な犯罪者の汚名を潔しとせず、自裁する武士の覚悟にも近い極限の「覚悟」であって、精神を病んで自殺するといった表現では到底表すことができません。

「正気の憤死」ではないでしょうか。

「葉隠」の佐賀にルーツを持つ筆者のバイアスを除くとしても、狂った役所などとは比較にならないほど、正常で健康な精神が、あり得ない現実に耐えることができなかったというべきではないのか?

「手記」にはまだ多くのヒントが記されていると思いますので、それについては続稿で検討したいと思います。

(つづく)

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