« 昨日は各種新年の集いが各地で開催 | トップページ | 杉田水脈のヤジを擁護する安倍首相 »

2020年1月28日 (火)

岡林寅松・小松丑次の墓参りと幸徳秋水墓前祭 第5回大逆事件サミット(10月、神戸)の準備進む

 2020年10月17日に神戸で開催される第5回大逆事件サミットの準備の一環として、123日の岡林寅松・小松丑次の墓参り(高知市)と、124日の幸徳秋水墓前祭(109年忌・四万十市中村)に、サミット実行委(神戸)の8人が参加した。

 大逆事件サミットは、2012年に第1回が幸徳秋水の生地・中村で開かれて以降、隔年ごとにゆかりの地で開催され、2018年には第4回が大石誠之助らの生地・和歌山県新宮市で開催された。第5回は2020年に神戸となるが、それは高知出身で神戸の病院で働いていた岡林寅松と小松丑次が大逆事件の犠牲になった事に由来する。
 Photo_20200128012701 大逆事件は周知のとおり、明治の天皇制と長州閥政権の山県有朋~桂太郎が初期社会主義運動を撲滅するために、「天皇の暗殺を企てた」として幸徳秋水ら26人を逮捕し、1911124日に12人の死刑を執行した、近代日本の歴史でも特筆すべき一大権力犯罪に他ならない。
 このうちの無期懲役囚に神戸海民病院に勤務していた岡林寅松と小松丑次がいた。彼らはのちに1931年の特赦で釈放され神戸や高知などに住むが、その墓は高知市にある。この墓参が幸徳秋水を顕彰する会の田中全事務局長(前四万十市市長)らの案内で1月23日におこなわれた。
 小松と岡林の足跡については、自由民権運動の検証・顕彰が今日も続く高知においても(高知市立の自由民権記念館という施設がある)ほとんど知られていない。そのなかで二人の足跡をたどる研究が田中全さんらと神戸で進められてきた。小松は釈放後、神戸市庫区湊川町に住み、妻・ハルは養鶏などをして丑次の生活を支える多聞教会の信者であったことも知られはじめた。今回の墓参には多聞教会と関係のある飛田雄一さん(神戸学生青年センター理事長)や、会の世話人で事務局を束ねる津野公男さんら、8人が参加した。

 一行は23日昼過ぎ高知市について、田中全さんらの案内で墓参となった。その際、岡林・小松にはほとんど現在存命の親類・縁者はないと言われていたのだが、岡林寅松が世話になった妹の孫の方が同行・案内してくれた。墓の場所は高知城(大高坂山)の西方1キロの小高坂山の麓の新屋敷にある。事前に田中さんらの手で掃除もされていて、そこで墓参と記念写真撮影を行った。
 またこの小高坂山の周辺には、明治の自由民運動家・植木枝盛や、「間島パルチザンの歌」で知られる槇村浩の墓もあるので、併せて墓参を行った。

 Photo_20200128013701 ついで、ここから南方3キロほどの筆山(ひつざん)へ向かった。ここは土佐藩主山内家の墓地もある一大墓所で、「墓を作るな」と遺言した中江兆民の記念碑もある。その山の奥まった所に小松丑次の墓があるが、縁者もないようで、自由民権運動や大逆事件関係者が案内板を作り、時おり墓掃除をしているとか。この日も掃除装具を持っての墓参となった。

 同場所には、米騒動で焼き討ちされた神戸の鈴木商店の大番頭・金子直吉の墓もある。戦前高知の人たちは、岡林・小松も、金子や片岡直温(日本生命社長、大蔵大臣)らの経済人も険しい四国山脈を越えるのでなく、海路で神戸・大阪に向かったようだ。(つづく)

« 昨日は各種新年の集いが各地で開催 | トップページ | 杉田水脈のヤジを擁護する安倍首相 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 昨日は各種新年の集いが各地で開催 | トップページ | 杉田水脈のヤジを擁護する安倍首相 »

2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村