1971年の渋谷暴動事件無期懲役が確定して服役中の星野文昭受刑者(73)が30日死亡した。

 事件は71年11月、東京都渋谷区で発生。沖縄返還協定の批准に反対する中核派など約400人が火炎瓶や鉄パイプを持って暴徒化し、新潟県警から派遣されていた中村恒雄巡査(当時21)が殺害され、警察官3人が負傷した。星野受刑者は殺人罪などに問われ、87年に無期懲役が確定したが、無実を訴えていた。(朝日新聞)

 

 1971年11月、沖縄返還協定の批准を前に、大衆的実力闘争でこれを阻止しようとした11・14渋谷闘争と11・19日比谷闘争。11・14闘争の先頭に立ったがゆえに、殺人罪で指名手配され後に逮捕され無期懲役刑をかせられていた星野文昭さんが5月30日に東日本成人矯正医療センターで死亡した。ごく最近の経緯は下記のとおりだが、デッチあげ殺人罪で無期懲役とし、さらに大衆的な再審無罪を求める運動が発展しようとする寸前で、十分な医療行為をほどこさないままの事実上の獄死に他ならない。
 71年11月、現在に至る沖縄への基地押し付けに反対して立ち上がったのは星野さんだけではない。首都東京では反対運動を圧殺するため集会・デモが禁止となり、11・14、11・19の闘いでは3000人近くの人々が逮捕された。この闘いの責を一身に背負わされ獄中で帰らぬ人となった星野文昭さんの死を、14日、19日を闘い日比谷で逮捕された一人として悼みたい。(Mt)

 

星野文昭さんの命を救え!
 即時解放求め7・5法務省デモへ~『前進』
 5月28日、沖縄闘争を闘い獄中44年の星野文昭さんが、徳島刑務所から移監された東日本成人矯正医療センターで肝臓がんの手術をすることになりました。全国の多くの医師や、国会議員、弁護士をはじめ、救援会の仲間、労働者民衆が「星野さんの命を守れ」「星野さんがんばれ」と心からの声援を送っています。星野さんは「検査がどういう結果になっても、今の調子で、充実した食事をとり、前向きな、一番自然治癒力を発揮できるような体調と、暁子や皆と共に、医療スタッフを信頼してがんばっていきたい」と語り、力強く手術に立ち向かっています。
 暁子さんといとこの星野誉夫さんは、星野さんと一体で闘ってきました。ところが、矯正医療センターは、手術に際して暁子さんが近くで待機することを認めません。暁子さんは「それなら門の外で待ちます」と通告しています。また、矯正医療センターは「手術後の説明はしません。面会できるのは2週間後。ここは刑務所で普通の病院とは違う」と言っています。なんということでしょうか。肝臓の切除という大手術を行うのであり、家族がそばに居たいのは当然です。手術や手術後の状況を家族に説明しないなど許せません。星野さんの命を絶対に守り、奪還するために総決起しよう。
 第一に、法務省闘争を圧倒的に強化することです。法務省は徳島刑務所の行った医療放棄について責任を取るべきです。徳島刑務所は昨年8月、星野さんが倒れたにもかかわらず全く検査しませんでした。体重が減少するのに放置し、本年3月4日にやっとエコー検査を実施しましたが、今度はその結果を星野さんに伝えませんでした。さらに、食欲不振を訴えているにもかかわらず、硬くて芯のあるごはんを出し続けました。寒さ対策を申し入れても全く実施せず、厳寒の刑務所は星野さんの体を傷つけました。徳島刑務所のなしたことは殺人行為です。
 法務省は最善に医療を尽くし、星野さんの命を絶対に守れ。「星野さんを取り戻そう!全国再審連絡会議」は霞が関で街頭宣伝を繰り広げ、7月5日に法務省包囲デモを闘うことを決めました。全国から総結集して打ち抜きましょう。
 第二に、「星野さんの命を守れ!直ちに解放しろ」と求める「要望書」を集めよう。4人の医師が徳島刑務所を弾劾し、星野さんの命を守る医療を実施せよと矯正医療センターに宛てた「要望書」を呼びかけました。星野さんの命を守る大医師団を形成しよう。
 さらに、国会議員から要望書を集めよう。無期刑の終身刑化が進み、全国の刑務所で医療放棄、医療の劣悪さが大問題になっています。星野解放闘争はこの腐りきった現実を変える闘いです。労働者階級の巨大な運動を実現し、星野さんを絶対に奪還しよう。