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2019年1月15日 (火)

―〈米騒動〉から100年 第4回  2019年は安倍打倒の年②





寄稿―〈米騒動〉から100年  第4回(5回連載)
民衆の力で〝冬の時代〟に終止符を打つ
日本史上最大の民衆蜂起から学ぶ
大庭 伸介

体を張って闘った民衆が自らの力を自覚

米騒動の成果と今日的教訓について考えてみよう。
第一の成果は、民衆が体を張って力を合わせ行動することによって自分たちの持つ力に目覚めたことである。
京都で被差別部落の大衆を先頭に決起してから、大衆行動が全国に爆発的に展開されたのは、わずか数日間にすぎない。それにもかかわらず、外米の値段は5割方、国産米は3割方引き下げることができたのである。みんなで行動したことによって米価を大幅に値下げした集団的経験を経て、民衆が自信を得たことの意義は計り知れないほど大きかった。 組織を持たない民衆が統一的指導もないまま、全国各地で、しかも短期間に集中して行動できたのはなぜだろうか。
最初に立ちあがった富山の女たちは、日常陸仲仕として共に働くなかで一定の組織性を育み、リーダー役の女性は指導性を身に着けていたのである。漁師たちは漁網を共有していたので、自然に連帯感を深めていた。
被差別部落の人びとは、「富山の女一揆」から炭鉱争議まで、各地の決起に積極的に参加している。彼らは日常の差別と偏見と貧しさの中で、生きていくために相互扶助の精神を培い自生的な地域コミュニティーを作っていた。これこそが怒りの爆発を行動に組織する上で大きな支えとなったと見ることができよう。
第二の成果は、長い〝冬の時代〟に終止符を打ったことである。
1900年に公布された治安警察法は、労働争議と組合結成のための勧誘・扇動、および女性の政談集会への参加を禁止した。これによって生まれたばかりの労働運動は息の根を止められた。社会主義者の演説会をのぞいた女学生は警察が常時尾行し張り込むようになった。
1910年の「大逆事件」は、天皇制に逆らう恐れがあるとみなされた人びとを抹殺し、社会主義者をトラウマに陥れた。こうして労働者階級のなかに社会主義者への警戒心を植え付け両者の結合を阻んだ。
しかし米騒動とストライキの波は、長きにわたる〝冬の時代〟を実力行動で打ち破ったのである。
一方、〝冬の時代〟を生き延びた社会主義者たちは、総じて米騒動を傍観する姿勢をとった。最高の理論的指導者と目されていた山川均は自叙伝で「エネルギーの浪費でしかないと思っていた」と語っている。
ただ荒畑寒村は雑誌『太陽』に、「騒動によって民衆は自らの力の偉大さを知るとともに軍隊の本質について目を開くことができたことを高く評価する」と見解を述べ、出版法違反の罪に問われた(山川は米騒動が始まると自宅監禁に、荒畑は8月13日に予防検束された)。
そんななかで、労働運動家として第一歩を踏み出したばかりの機械工山本懸蔵が、東京の日比谷公園で演説して、群衆のデモを指揮した理由で逮捕され、懲役4カ月の刑に処された。
1926年に再建された日本共産党の指導者たちも、米騒動の歴史的意義をほとんど認めていない。こうした事実は日本の社会主義運動の指導者たちの硬直した観念主義と非大衆性を示すものと言えよう。
大正デモクラシーを代表する論客吉野作造も、米騒動については冷淡な見方をしている。
〝冬の時代〟を終わらせたのは理論家でも思想家でもなく、民衆の力であった。
米騒動を契機に、1919年以降労働運動・農民運動・労働者階級の女性運動・学生運動が闘争性を強め、自然発生的なものから目的意識を持った組織へと発展し始めた。被差別部落の大衆は自主的な解放を目指して1922年、全国水平社を結成した。
米騒動によって民衆は国家権力の本質を階級的見地から見抜けるようになり、それがロシア革命を正しく理解する素地となった。そしてすべての反体制運動の肥料となったのである。このようにして、日本帝国は新たな危機の時代を迎えた。

〝革命のヒドラ〟を見た支配階級の対応

米騒動に〝革命のヒドラ(怪物)〟を見た支配階級は、被差別部落への差別と取締りを徹底的に強化した。そして新しい支配体制を構築していった。民衆を一方的に抑圧するだけの姿勢から、その生活実態や意識の動向を常に調査し把握するために内務省に社会局を新設した。4221
さらに民衆のさまざまな運動を協調的な方向に導くために、財界の協力を得て協調会を創設した。これは内務省の外郭機関で、やがて産業報国会の母体となっていく。
すべての地域に警察主導の防犯組合や自警団を結成させた。これが後に関東大震災で朝鮮人大虐殺として猛威をふるうことになる。
さらに注目したいのは、内務大臣があっ旋して、反目し合っていたヤクザ集団を一本化し、大日本国粋会を結成させたことである。国粋会は水平社の差別糾弾闘争や労働争議・小作争議に暴力的に介入して、資本家・地主の忠実な番犬の役を果たすことになる。(つづく)

『未来』261号(写真は本文記事とは直接関係ありません)

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