« しし座なお阪南市議選落選運動を! | トップページ | ミサイル避難訓練反対チラシまき行動は、14日(木)に延期 »

2017年9月11日 (月)

粟原富夫神戸市議の論稿、上下一挙掲載

「開発、発展、世界で1番」に未来はあるか(上)
神戸市に見る 開発行政の行き詰まり

粟原富夫(神戸市議会議員・新社会党)     『未来』229号    

「日本を、東京を世界一に」「この道を前へ」「○○ファースト」が大はやりだ。かつて「株式会社神戸市」「山、海へ動く」という開発手法が注目された。バブル崩壊から大震災の直後「空港建設は復興の希望」と開発続行に走り、今その矛盾と破綻が見えている。新自由主義の野放図な展開が続くなか、次の社会、地域、暮らしをどう考えるか。成長の陰りが始まった80年代から市議を務め、市民とともに空港反対運動などにかかわってきた粟原富夫さんに寄稿してもらった。(本紙編集委員会)

「株式会社神戸市」を振り返る

「株式会社神戸市」のルーツは、戦災復興から始まる。さかのぼれば明治開港いらいの開発、企業誘致による急速な都市づくりを推進してきた。福原遷都や兵庫津の開削などがあっても、開港までは神戸村。都市基盤はなかった。長い歴史がある京都、それとともに商業が形成されてきた大阪に比べ、神戸は国家・行政、官が主導して作った街といえる。
戦後から70年代、高度経済成長からバブルまで経済は右肩上がり。誰も下がるということを考えていなかった。為替も円高、ドル安で推移した。それを積極的に活用する。ぼくが市議に初当選した87年ころが、その最後の様相だった。
当時の市長は「神戸は京都の1・5倍の仕事をしている」といっていた。起債し資金、予算を前倒し投入する。国の補助金、借金で予算規模を拡大する。外国債を発行し、10年後の返済は円高や経済成長により半額ですむ。出来上がった造成地、埋め立て地を売却して償還する。「山、海へ行く」という手法だ。同じ仕事をしても1・5倍の仕事ができるという発想と仕組みだった。
神戸は造船や製鉄、電機など重厚長大産業と、取りまく下請け中小零細という構造と歴史。商工会議所よりも行政が経済、開発を先導した。大阪と違い、経済活性化を行政に求める、またそうしなければ動かない歴史的、社会的構造があったと思う。「株式会社」といわれるゆえんだろう。
「山、海へ行く」という六甲山麓、山間地を宅地造成し、その土でポートアイランド(以下ポーアイと略)を埋め立てる。造成地を売り、ポーアイを売る。お金を借りて事業推進、安く返すという起債主義、公共デベロッパー方式という行政手法だった。
同様に「港」に固執した港湾造成があった。阪神淡路大震災が低落に拍車をかけたが、もともと需要を大きく上回るバースや港湾設備を作ってしまった。根元は「発展」、右肩上がり、バブル経済が続くという期待に依拠していた。
右肩上がり時代には通用したことが、これからの社会を考えると、そうはできない。新しいファッション産業や医療産業都市構想も、気がつけば重厚長大は撤退につぐ撤退で後がない状態になっている。もちろん私たちにも、その責任はあるだろう。だからこそ、これからもそれを追い求める経済、社会にストップをかけ、違う未来、社会に転換する責務がある。住民、市民のために向けられるなら有能な行政テクノクラートは必要だ。しかし方向を誤ると修正できなくなる。そこに問われるのは、やはり民主主義だ。

市営空港は「希望」だったか

市営神戸空港は、阪神淡路大震災の直後に多くの市民の反対を押し切って無理やり作られた。明らかに失敗、破綻している。地方空港として、ある程度の乗客数を確保しているが、国際空港にはできない。年間利用者430万人計画は、250万人前後で推移。着陸料収入も16億程度ないといけないが、7億しかない。いろいろ削っても毎年1億、2億の赤字が出る。結局関西、大阪両空港を運営する関西エアポートに191億円で運営権を売却した。大規模メンテナンスの時期もくる。神戸経済をけん引する空港という振れこみだったが、どう考えても失敗だ。埋め立てた空港用地の売却も当初予定の10%ほど。まったく売れていない。赤字は新都市整備特別会計から補填している。ポーアイ2期と空港周辺の土地が売れない限り解消できない。
ポーアイ2期も売れておらず借金が残り、10年単位などの賃貸地が多い。上物が建っても借地料を安くしている。東側と六甲アイランドに外国航路バースを作ったが、船は少ない。ほんらいバースを作る予定だった所は大学などに安く売却した。中心地の三宮から遠い所を高く、近い所を安くした。普通の土地は需要と供給によるが、埋め立ては沖合(遠く不便)ほど製造費が高くつく。会計上、造成した土地を安く売ることはできない。後になるほど造成費が高くなった上に、バブルが崩壊してしまった。神戸空港は2000億の借金で作り、約80ヘクタールを売却して返済に充てる予定だった。売れていない。ポーアイ1期は一応成功だろうが、後はそういう連鎖になった。成功分の基金である「貯金」があったのを会計に戻し入れし、毎年借金を返している。全部使っても1000億くらいの赤字になる。神戸空港を作らなかったら、その2000億は市民のために使えたお金だ。
震災のときにやめる決断、バブルが崩壊した時点で発想を変えるべきだった。神戸市だけの問題ではなく、いまの社会全体に考えられることではないか。(つづく)

「開発、発展、世界で1番」に未来はあるか(下)
市民のためか、ポーアイ医療特区
粟原富夫(神戸市議会議員・新社会党)

「ポーアイ医療特区」の破綻

もう1つ、ポートアイランド医療特区(写真左)の問題点。市民病院の移転問題が起こったとき、合わせて医療産業都市、特区構想が持ち出された。理研を誘致、市民病院を移転し、先端医療センターを作った。その周辺が「混合医療」地区ということにされた。医療産業都市構想の中味、1つは医療的な研究や先進医療の集積、もう1つは保険適用外診療ができるようにする。
問題になった神戸国際先端医療センター(KIFMEC)は、外国の富裕層からの医療ツーリズムを引き入れようとした。先例がシンガポールにあり、ポートアイⅡ期に作ろうとした。KIFMECは土地を神戸市が無償提供、企業、ファンド会社が支援した。ところが医師会は混合診療に賛成できない事情がある。当初計画の200床規模から縮小され、肝臓ガン治療に特化した。特化しても高度医療のためには術前術後の総合医療、ケアが必要。単科医療だけでは難しい。手術は成功しても術後の管理が十分にできないという問題などが起こった。
重厚長大産業型から医療産業で復活しようとした。研究治験、治療を集中する特区にすれば関連企業が集まるという構想だった。
しかし、いま情報はどこでも得られる時代。百数十社が集まったが、ほとんどがアンテナ・ショップで、製薬会社が工場を建てることにならない。逆に市民病院の移転、先端医療センター建設などに、持ち出しが多くなった。先端医療センターも、特化から市民病院に吸収されることになる。医療特区の目玉になるはずだったが、破綻した。混合診療そのものが国民皆保険を崩すことになるし、外国保険資本の参入などTPPの先取りとなる。
市民、住民のためになるのかの議論はぬきにされた。大きな事業のためには、全体の合意が必要になる。今回の今治加計学園問題でもそうだが、トップダウンで閉鎖的に進行する。利権が横行する。理研の「混乱、闇」も記憶に新しい。

阪神淡路大震災の教訓から

日本は災害大国。東北、福島をはじめ巨大災害が続いている。阪神淡路大震災の体験をどう生かしたのか。阪神・神戸の大きな教訓は「創造的復興」という誤りだ。何よりもまず「復旧」、人々が元の暮らしを取り戻すことがいちばんになければ。震災のあと全国からの視察も多かったが、みんなが防災をいう。自然災害をとめることはできない。被害を最小にしたいが、ゼロにはできない。被害が起きたら、まず「しなやかに、すみやかに元の暮らしに戻す」ことだ。ともすればすぐに「復興」が問題にされる。よく言われる「創造的復興」は、「前より、よく」だろうが、どうしても「建設中心」になる。庶民の暮らしよりも、デベロッパー型になりがち。「復旧」をおこなう仕組みが弱い。神戸は、それにいちばん遠かったのではないか。いまだに「借り上げ復興住宅からの追い出し」ということに象徴的だ。
小田実さんが、いみじくも「これは人間の国か」「人間の復興を」といった。その後の災害も、そうだ。家をなくした人、仕事を失った人、心の復興、人の生活を元に戻すという視点が何よりも求められる。行政や資本による巨大再開発のチャンスという発想こそ間違っている。あのとき避難所に再開発の計画が張り出された。避難所にいるのに、自分の家が公園計画になっていたとか。神戸だけではない。いまの国のあり方は、そうだ。
災害は、その地域が持つ問題、矛盾、日常を可視化する。阪神大震災の被害は都市部に集中した。都市における希薄な人間関係が、さらにバラバラにされた。東北であれば、人口が少ない減少していく地域の暮らしが顕わになる。人、暮らしを再建、復旧させるにはそういう目線が大切。被災者生活支援法への取りくみは、その1つだったと思う。「創造的復興」という響きには、それが欠落する。次の社会をどう考えるかという視点。例えば高齢化社会。大都市災害は、どれほど1人暮らしのお年寄りが多いかを浮き彫りにした。それらをどう考え、ともに生きる地域、社会を作っていくのかが問われる。
東京一極集中がいわれて久しい。そこに、オリンピック。大阪が万博やカジノ誘致で挽回しようというのも同じ発想、思考だろう。一時的には需要、景気は高まる。大所高所から論じるつもりはない。市民とともに運動に加わり議会に参画した1人として考えたい。右肩上がりの経済と開発行政に依存し続け、大震災の後も「人に目線をおかない復興」に向かった結果を見てほしい。大イベントをやって巨大な施設の残骸を残す「兵どもの夢の跡」ではなく、人が生きていく地域社会をめざしたい。

安保関連法、改憲情勢と非核神戸方式

最後に、安保関連法が強行され、改憲が具体的に日程に上り始めている今、非核神戸方式について報告しておきたい。戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争の時期に米軍艦船が頻繁に入港した。74年、米議会での「入港する艦船から核を外さない」という発言を契機に、当時の社会党市議がその問題を質問した。港湾労働者・市民の陳情がおこなわれ、75年に市議会が「核積載艦艇の入港拒否に関する決議」を全会一致で採択した。
戦前、港湾を国が管理することによって戦争に全面的に利用された反省から、戦後は地方自治体の管理となった。管理権は自治体の長、市長にある。決議の採択以来、神戸市は神戸港に入港するすべての外国艦艇に「入港する船が、核を積んでいない」という証明書の提出を求める。フランス、イタリア海軍などは証明書を提出し入港したが、米軍艦船は提出しないため、75年以来、神戸港に入港できていない。
2001年に米軍が入港を画策したが、できなかった。しかし、今の状況は楽観できない。国は、有事法制や安保関連法で自治体に圧力をかけてくるだろう。周辺事態法も港湾法も憲法の下で、法律として同等だ。港湾管理権は自治体、首長にある。抵抗できる市民がおり、首長がいなければならない。非核神戸方式が、市民の願いから市議会全会一致で採択されたという意味は、今だから重い。(おわり)

☆☆ ☆☆☆☆  

世直し・社会変革 - 政治ブログ村

愛読ありがとうございます。スマホ、アイフォンからも応援していただくことができます。(画面をPC設定、デスクトップ設定などにしたら順位がわかります。)
上 のマークを強く押してくださいませ。

☆☆☆☆☆☆☆☆

« しし座なお阪南市議選落選運動を! | トップページ | ミサイル避難訓練反対チラシまき行動は、14日(木)に延期 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1545696/71675410

この記事へのトラックバック一覧です: 粟原富夫神戸市議の論稿、上下一挙掲載:

« しし座なお阪南市議選落選運動を! | トップページ | ミサイル避難訓練反対チラシまき行動は、14日(木)に延期 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
無料ブログはココログ