« そして明日は「子どもの貧困」学習討論集会 | トップページ | 本日午後6時半、神戸街づくり会館へ! »

2016年12月18日 (日)

軍事力の限界―憲法9条の可能 元自衛官 泥 憲和さんに聞く(下)

軍事力の限界―憲法9条の可能性
殺すな、自衛官を死なせるな
元自衛官 泥 憲和さんに聞く(下)

PKO協力法も武器の使用を制限

政府は「ちょっとした衝突、散発的な銃撃であり安全」という。しかし、8月に『産経』が「弔慰金を増額。これまでの1・5倍の9千万円に」と書いている。弔慰金というのは戦死手当ですよ。こうでもしなければ、自衛官の士気にかかわるということだろう。みなさん9千万もらえれば、死ぬ所へ行きますか。
法律的問題もある。交戦権を持たない自衛隊が海外で殺傷行為をおこなう、それは許されるのか。政府もこれに答えられない。PKO協力法でも武器の使用を制限している。25条「武器の使用に際しては刑法36条、37条に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない」。つまり正当防衛の場合を除いては撃ってはいけないということ。この縛りは、どうしようもなく自衛官を危機にさらすことになる。正当防衛か過剰防衛か、どうやって判断するのか。今年の4月、他国のPKO部隊の駐屯地に逃げてきた市民に、政府軍が追いかけてきて発砲、殺傷した。7月の戦闘のときも、自衛隊宿営地に市民が逃げ込んできた。自衛隊は食糧を提供し、ケアした。今後も起こるだろう。それを追いかけて政府軍が市民に発砲したら、どうするのか。
「市民を守るために」戦っていいのか。戦わなければ、目の前で殺されていく。自分たちが狙われていなければ、正当防衛で戦うことはできない。それでも「戦え」と命令を受け相手軍を撃てば、市民に当たることもある。誤って撃ったら業務上過失致死か。車による自動車爆弾というのもある。宿営地に車が近づいてきたらどうするか。爆発すれば自分たちが死ぬ。ドライバーを射殺したら、道に迷った一般車だった。そういうことがイラクで何回も起こった。こういう誤認殺傷は、罰せられるのか。撃たなければ自分が死ぬかもしれない。
一般の兵士は命令に従うことを徹底し教育、訓練されているから命令に従うだけ。しかし現場の指揮官、下士官はそういう厳しい決断におかれる。彼らはこれまでの自衛隊の任務と、今回の新任務をもっとも深刻、真剣に受けとめ考えている。こういうことは国会で1度も議論もされていない。それで任務だけは与える。
7月の戦闘の際、「エチオピアや中国のPKO部隊に駆け付け警護を要請するも、出動しなかった」というニュースがあった。外電でみると「暴走南スーダン兵士が、NGO女性救援活動家に銃を突きつけ、レイプされるか頭を撃ちぬかれるか」「彼女に選ぶ権利はなかった」と書いている。1マイルも離れていない国連PKO部隊は、命がけの救援要請を拒否した。アメリカ大使館なども同様だった。誰も助けに行かなかった。行けないですよ。南スーダン政府軍と戦力が違い過ぎて太刀打ちできないから、完全武装のPKO部隊だって行けない。安保関連法のとき、こんなことを含めまったく議論はなかった。

非軍事、「別の道」はある

まとめていうと、「駆け付け警護」というのは市民を守るものではない。他国軍を守る。それは、米軍でさえ失敗した。自衛隊は、市民を防護する権限もなければ装備、能力も持っていない。さらに自衛隊は自分自身も守れない。他国のPKO部隊も出動を拒否したくらい。そういう「駆け付け警護」任務を与えるのは机上の空論、絵空事だ。できないことをやれといっている。やらされれば死者が出る。
確かに南スーダンは人道的危機に陥っており市民は大変な状態にある。人道的義務は尊い。何とか助けてあげたいと誰もが思う。だから、「指をくわえて見ているのか。無責任だ」と言われると私もよく分かる。
別の道は選択できないのか。非軍事で貢献できる道はないのか。内戦の背景は何に、どこにあるのか。NHK・BSの世界のドキュメンタリー「中東からアフリカへ~拡大するアメリカの石油戦略」という、いい番組があった。いまのNHKではない、2005年の番組。アメリカは石油戦略や利権のために、気にいらない国、政権にたいし抵抗勢力をつくり武器を援助する。アフガニスタン、イラクでもそういうことがずっとおこなわれてきた。それがスーダンから南スーダンを分離させ、いまの内戦の元をつくった。
くわしく話すのは別の機会にしたいが、いいたいことは、「別の道」はあるということ。
いま南スーダンに武器を売ってはいけない。ところがイスラエルは偵察用装備という名目ですり抜け、さらにウガンダを経由し売っていた。国連は武器の密輸を監視している。調査していると、そういうことが分かった。イスラエルを非難し、抜け道を防ぐ措置をどこかの国が呼びかけなければならない。それは日本がふさわしい。なぜかといえば、イスラエルの背信行為を暴く手段を作ったのが日本だからだ。1991年に国連が大型武器を管理する協定ができた。2014年に小型武器に関する協定もできた。各国は輸出入とも報告義務がある。これは日本がホスト国となって、ほとんど総会満場一致で成立させた。他国ができなかったことが、なぜ日本ができたのか。当時の外務省高官だった人が「日本が武器輸出をしない国だったから」といっている。武器を輸出する国がいくら言っても信頼されない。

私たちの政府をつくらねば

憲法前文、9条とはそういうものです。武器輸出をしないということは、こんな力を発揮できる。こういうことは、ほとんど報道されない。しかし、いま安倍政権は方向転換してしまった。やっぱり私たちの政府をつくらなければならない。
日本は平和憲法を持つがゆえに、武力に代わる平和貢献ができる。軍事、武器で介入する国では信頼されない。他にも日本が非武装的アプローチで紛争を終わらせた例はインドネシア内戦終結への努力、アフガニスタンでの中村哲さんたちの緑化による暮らしの再建など少なくない。憲法9条が支える、武力に変わる平和ミッション、日本だからこそできることがある。誇張される「中国、北朝鮮の挑発」に、冷静な視点も必要だ。
私は15歳から自衛隊に入隊した。「日本を、市民を守る専守防衛の自衛隊」は好きです。知人も多い。「理不尽な任務を与え、自衛官を死なせるな」と声をあげたい。(おわり)
 『未来』212号より

☆☆☆☆

 世直し・社会変革 - 政治ブログ村

愛読ありがとうございます。スマホ、アイフォンからも応援していただくことができます。(画面をPC設定、デスクトップ設定などにしたら順位がわかります。)
上 のマークを強く押してくださいませ。

☆☆

« そして明日は「子どもの貧困」学習討論集会 | トップページ | 本日午後6時半、神戸街づくり会館へ! »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1545696/68895666

この記事へのトラックバック一覧です: 軍事力の限界―憲法9条の可能 元自衛官 泥 憲和さんに聞く(下):

« そして明日は「子どもの貧困」学習討論集会 | トップページ | 本日午後6時半、神戸街づくり会館へ! »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト
無料ブログはココログ