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2016年11月 9日 (水)

日本・ドイツ現代史研究会、第二クール=日本現代史研究が始まった

 11月7日(月)から、 日本・ドイツ現代史研究会の第二クールの研究・学習会として、=日本現代史研究が始まった。テキストは加藤陽子(1960年生まれ、東京大学大学院教授)の 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(2009・朝日出版社、新潮文庫にもなっている)。
 第1回目の学習会は、10月14日の木戸衛一講演会の感想を語り合いながら、改めて日本現代史をどこからどう取り組むかを少し議論。その上で、予定していたテキストにもとづき、1時間ばかりの報告ののち、討論となった。
 今回の討論のエッセンスは、「資源がない、東アジアの小国日本が、世界に伍していくにあたり、危機感に襲われた際に、何度も何度も出てくる『国家改造論』」ということだ。その具体的動機・方向性についてはレジメの最後に11項目として列記してあるが、これは今日の自称「改革」をかかげる政治勢力、安倍や橋下・維新や小池にも通じるものだ。それに対し求められているのは「国家改造=国民総動員=戦争」ではない「もう一つの選択肢」だ。戦前日本にも現代日本にもその道はあるはずだが、1030年代の日本の歴史の中にその道があった事を探り論証していきたい。
 次回は12月5日(月)18時半、場所は西宮市民交流センター。テキストは加藤陽子(1960年生まれ、東京大学大学院教授)の 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(2009・朝日出版社、新潮文庫)。関心のある方の気軽な参加を求めたい。

日本・ドイツ現代史研究会レジメ

               2016,11,7(月)西宮市民交流センター

加藤陽子(1960年生まれ、東京大学大学院教授) 

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(2009)朝日出版社

『戦争の日本近現代史』(2002)講談社新書

『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』(2016)朝日出版社

『ロングインタビュー 未来を創造するために』(2016、9、30)週間読書人

「過去にあった出来事を正確に描くことで、未来を創造するための手助けをすることが歴史家の仕事だ」

「為政者や国民が、いかなる歴史的経緯と論理の筋道によって、「だから戦争に訴えなければならない」あるいは「だから戦争はやむをえない」という感覚までをももつようになったのか、そういった国民の視角や観点や感覚をかたちづくった論理とは何なのかという切り口から日本の近代を振り返ってみよう」

はじめに

1930年代の外交と軍事の研究から「30年代のの教訓とはなにか」

国民がみた疑似的な夢

「一つには、1937年の日中戦争の頃まで、当時の国民は、あくまで政党政治を通じた国内の社会民主主義的な改革を求めていたこと。二つには、民意が正当に反映されることによって政権交代が可能となるような新しい政治システムの創出を当時の国民もまた強く待望していたということ。」

「国民の正当な要求を実現しうるシステムが機能不全に陥ると、国民に、本来見てはならない夢を疑似的に見せることで国民の支持を獲得しようとする政治勢力があらわれないとも限らないとの危惧であり教訓です。」

現代における政治システムの機能不全

1、現在の選挙制度からくる桎梏(小選挙区比例代表併用制)

2、小選挙区制下においては投票に熱意をもち、かつ人口的な集団として多数を占める世代の意見が突出して尊重されうる

 序章 日本近現代史を考える

米国南北戦争の教訓から

「巨大な数の人が死んだ後には、国家には新たな社会契約、すなわち広い意味での憲法が必要となるという真理です。」

ゲティスバーグ演説と日本国憲法前文の一致

戦争相手国の憲法を変える

長谷部恭男『憲法とは何か』(岩波新書)

ルソーの「戦争および戦争状態論」から戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の憲法に対する攻撃、というかたちをとる

米国は戦争に勝利することで最終的には日本の国体(天皇制)を変えた。

 1章 日清戦争 「侵略・被侵略」ではみえてこないもの

欧米列強の圧力のもとでの中国と日本との関係はどうだったのか。

落ちる中国と伸びる日本、弱い中国と強い日本、というとらえかたでいいのか。

中国の道 華夷秩序 李鴻章

日本の道 大日本帝国憲法 民法、商法 山県有朋

シュタイン 「主権線」と「利益線」

福沢諭吉 脱亜論

朝鮮の内政改革を推進する日本と拒絶する中国、文明と野蛮の対立という図式

民権派は国権派でもある

日清戦争(1894,7~1895,11)

陸軍 戦死者13488人傷病者285853人 海軍 戦死者90人負傷者197人

賠償金(二億両)を得て国家財政が好転する 台湾、澎湖諸島の獲得

中国への目線の変化 中国への蔑視の感情

普通選挙運動の盛り上がり

三国干渉1895下関条約締結後、露、仏、独の三国が日本に干渉、遼東半島返還

 2章 日露戦争 朝鮮か満州か、それが問題

ぎりぎりのところで勝った戦争、日本は欧米をはじめとする大国に大使館をおける国になった。日清戦争の結果アジアからの独立がまずは達成され、日露戦争の結果欧米からの独立が達成された。

日露戦争(1904,2~1905,9)

日本  戦死者84000人 戦傷者143000人

ロシア 戦死者50000人 戦傷者220000人

「二十億の資材と二十余万の生霊」

満州の門戸開放を要求

日本をイギリス、アメリカが財政援助 ロシアをフランス、ドイツが財政援助

日露戦争によって獲得したもの 

関東州(旅順,大連)、中東鉄道南支線(長春、旅順間)

韓国への卓絶なる利益、→韓国併合へ 、満州の門戸開放、

3章 第一次世界大戦 日本が抱いた主観的な挫折

第一次世界大戦(1914,7~1918、11)

世界 戦死者約一千万人、戦傷者約二千万人

日本 青島攻略戦死傷者 1250人

戦後の変化 1917ロシア革命 

ヨーロッパの三つの王朝の崩壊(ロシア、オーストリア、ドイツ)

植民地主義への反省 パリ講和会議 ヴェルサイユ条約 1920国際連盟

第一次世界大戦によって獲得したもの

山東半島の旧ドイツ権益、赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島

 

多数の国家改造論の登場(日本の危機感)

①普通選挙 ②身分的差別の撤廃 ③官僚外交の打破 ④民本的政治組織の樹立

⑤労働組合の公認 ⑥国民生活の保障 ⑦税制の社会的改革 ⑧形式教育の解散

⑨新領土・朝鮮、台湾、南洋諸島統治の刷新 ⑩宮内省の粛正 ⑪既成政党の改造

 

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