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2016年11月 1日 (火)

「ふつうの暮らし 避難の権利」を訴える(下) 森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団・代表)に聞く~『未来』209 号より

直撃インタビュー(第33弾)
「ふつうの暮らし 避難の権利」を訴える(下)
森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団・代表)に聞く

―関西訴訟では、「避難の権利」を求めています

私たちは国、東電を相手に大阪、京都、兵庫でそれぞれ原発賠償訴訟をおこなっています。
福島では県内の避難者訴訟、強制避難区域の人、いわき市など避難受け入れ側、農漁業被害や避難地域の住民による「原状回復、地域を返せ」という裁判、子ども脱被曝裁判など。全国では30くらいの訴訟団、原告は1万人以上です。
賠償請求訴訟となっていますから「金が欲しいのか」とネットなどで非難されますが、「戻るか、定住か」と迫られるなか、私たちは「避難の権利、ふつうの暮らし、つかもう安心の未来」をかかげています。母子避難は、生活も親子関係でもほんとうに大変。私の場合はまだ恵まれている方です。夫は福島で働き、1か月に1度くらい子どもたちに会いにきます。その交通費、離れて育つ子どもたちも大変です。
各地で裁判がおこなわれている被災者団体はいろいろ。微妙に時期や立場、意見の違いもあります。それでも国や東電の分断には負けたくない。そうでなければ同じ誤りを繰り返すだろうし、向こうの思うツボですから。
広島・長崎、反核・平和運動にもさまざまな違い、分断があったと聞きました。それを乗り越え70年もの間、70年を過ぎても終わることができない、それが核による被害の重さです。

憲法訴訟のつもり

「避難の権利」もそうですが、「放射線からの恐怖」ということは、なかなかわかってもらえないように思います。せいぜい「不安」くらい。紹介してもらった東海村事故の本『朽ちていった命』は怖くて、まだ読めていません。被爆と被曝には、同じ恐怖があると思います。不安なんてものじゃない。その恐怖は自分の人生はもちろん、子や孫の世代まで続きます。
私は「自分だけ、自分の子だけ避難できたから安心」「避難しているから、もういい」とは思っていません。「避難できない」人たちは、もっと苦しいし困惑している。避難できない人、していない人、できた人、同じなんです。そういうことが、なかなか言えない。あきらめ、言う方がおかしいという雰囲気。そこへ「復興、がんばろう」が追い打ちをかける。そういう方法が「成功」しているのも悔しいですよ。
この国は、大銀行や東電には公的資金を惜しげもなくつぎ込み、災害で苦しむ庶民にはお構いなし。それでは、また同じことを繰り返してしまう。私たちのいう「避難の権利」とは避難した人だけの正当性を求める権利ではなく、放射線被曝から免れ健康を享受する権利は普遍的であり、人の命や健康に直接かかわる基本的人権であるということ。私は、この裁判を人権救済裁判、憲法訴訟と位置づけてとりくんでいます。

―今年8月6日、森松さんは広島を訪れました

被爆国である日本がなぜこのような事故に至り、なぜ今回の被曝者がこのような扱いを受けているのか。福島が、広島・長崎と重なるという思いを強くしてきました。その気持ちは年々強まります。
政府は「ただちに健康被害はない」「安全、安心、復興」と、積極的な手だてをしようとしません。私が避難できたのは、少しは広島・長崎のことを知っていたこと、そして関西出身で知人や縁故があったからです。被爆者のみなさんが苦難をこえ、語り継いでこられたから。いま福島の被災者を放置するということは、その必死の証言と被爆後の人生を冒涜しているに等しいと思います。
仕方がないことですけど、いま多くの被爆者が高齢になり直接に語り継ぐことが困難になりつつあります。そういう中で福島を顧みないということは、広島・長崎、被爆者の思いをなかったことにし、そして福島をなかったかのようにしたいということ。極端な言い方かもしれませんが、原爆が落とされようが原発が爆発しようが大丈夫という空気をつくろうとしている。それはもちろん権力側が意図してやっていることですが、私たちの側もそれをしっかりと自覚しなければ、押し流されてしまう…。

熱線と爆風、放射能

広島・長崎では熱線に焼かれ、爆風に押し潰され大量の放射線を浴びました。福島は、見えない放射線に苦しんでいます。それは、同じ線上にあると思います。そうでなければ「見えない」「ただちに健康被害はない」とごまかされてしまいます。8月6日の集りで池田精子さんは、「それでも、私は生きてきた」と言われました。この言葉は、いま福島で放射能汚染に苦しむ人たちには、痛いほどわかると思います。また広島・長崎の被爆者のみなさんは、被爆と向き合い被曝の恐怖ということを伝え教えてこられました。出産や子どもの健康についての不安、でもいっしょに生きていこうという思いは、人を一瞬に焼き尽くした熱線や爆風を伴った広島・長崎も、低線量の心配にある福島も同じだと思います。放射線被曝とは、そういうもの。福島の人たちは「言う人、言える人」「言わない人、言えない人」にさせられているけど、その意識から逃れられることはないでしょう。
それは、人の命の問題です。個人の命、尊厳こそ大事。何か「大義」を示されると忘れてしまうのは、もうやめにしたい。
8月6日に広島を訪問し、被爆者のお話を聞かせてもらい、私も発言する機会をいただいた。一瞬に命と未来を奪われた中学生たちの名前の列が刻まれた碑を、目の当たりにしました。そういう広島・長崎を体験しながら、福島が起こった。避難者には「戻ってこい」と、避難が続けられないような施策を進めてきます。「電力会社のために?」私たちの国って何だろうと思いますよ。
原爆も原発も一瞬に爆発させるか、ゆっくり反応させるかの違いだけ。だけど「原爆と原発は違う」という人も多い。私たちは見事に、「原発は別」という教育や報道を受けてきました。チェルノブイリはもとより、東海村の事故など深刻な事故があったけど大丈夫という社会にされようとしています。

被曝からの避難の権利

でも、あきらめるわけにはいきませんね。それは人間の尊厳を奪われることだと思います。今回、「核廃絶への努力をあきらめない」「広島・長崎はずっと核廃絶を願ってきたのに、福島の事態に至った。胸が痛む」という何人もの被爆者にお会いしました。私の中で広島・長崎と福島のつながりが前よりももっと大きくなった、今年の夏でした。
憲法の勉強をしたとき、伊藤真さんから「戦前の軍国主義が行き着いた先に原爆投下があった。戦後は、それが原発主義になった」と教わりました。基地とも似ています。交付金をばら撒かれ、そのときは経済が成り立っても事故が起これば元も子もない。「原爆も原発も、ほんとうは逃げられない」。そうですね。福島の大事故は、一歩間違っていたら日本中行くところはなかったかもしれない。裁判で国や東電は「避難していないじゃないか」と言います。だけど、逃げたくても逃げられないんです。逃げられないから「大丈夫だ」と思いたい、思うことで自分を納得させざるを得ない。5年は、そういう歳月です。原発事故から避難する権利、放射線被曝の恐怖を免れる権利は、人が健康に生きるための基本的人権だと思います。すべての人に保障されるべきです。
原爆や原発事故はいったん起こってしまえば「逃げられない」。その元凶をなくしたい。だけど50基以上を廃炉にするにも何10年もかかる。そうであればこそ、私は放射線被曝からの「避難の権利」を言いたいのです。(おわり)

〔もりまつ・あきこ〕
1973年生まれ。結婚後、福島県郡山市に在住中に東日本大震災、福島第一原発の事故に遭う。当時3歳、5カ月の2児とともに2011年5月から大阪市へ母子避難。非常勤の時間職員として働きながら子育て中。「避難の権利、原子力災害への恒久的救済」を求め集団提訴した原発賠償関西訴訟原告団・代表。「避難した人、とどまる人、帰還する人、すべてが有する基本的人権」を訴え、原発災害の根本問題を問い、精力的に活動する。東日本大震災避難者の会Thanks& Dream代表。

 

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