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2016年10月 2日 (日)

稲田戦争大臣物語2

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 涙ぐみ・ともチン」稲田朋美大臣についておさらいしておきたい。父上は反共で日教組撲滅の志に燃える教育者。洛北高校の校長を2年間だけした。教育委員会に入ってからは、府立校での日の丸常時掲揚に執念を燃やしていたとか。椿原家はどういうわけか福井県から京都にPhoto引越しした。それからだろう、あの西田昌司と家族ぐるみのお付き合いをしていたとか。それが何と40数年、半世紀近い。西田昌司は誰って? 「国民に主権があること自体が間違い」と言い放った、頭の中を帝国憲法が支配しているあの極右議員だ。
 御尊父はそういう極右根性があってこそ、がんば
Photo_2れ日本全国行動委員会役員として激烈なアジテーションをしたりしていた。ともチンが議場にいる時に極右や在特会元事務局長と一緒にマイクで戦争推進演説をぶちかましていたというわけだ。このように極右に囲まれて少女時代を過ごしたともチンは早稲田に入る。その頃の早稲田を筆者は覚えている。
 あやしい「新左翼もどき」のセクトも多かったが、一方で極右の学生運動の日本有数の一大拠点で有名だったのだ。原理研究会! 夫の稲田龍示(現在弁護士)氏とは学生時代から知り合ってる可能性が強い。 この不吉な推理が邪推である事を祈りたい。(続く)  


 

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