« 稲田朋美防衛大臣らの「白紙領収書」は、号泣県議・野々村竜太郎とどこが違うのか | トップページ | 高江の闘いを貶めるネトウヨのデマを弾劾・粉砕する~たたかうあるみさんのブログより »

2016年10月 8日 (土)

1967年10月8日、佐藤首相のベトナム訪問=ベトナム参戦化に反対して、羽田闘争が闘われた~それから49年、殺された山﨑博昭さん追悼の催しが10月21日前後に京都で

10月19日(水)~24日(月)、京都精華大学で展示と講演会

 

10月は弟が羽田弁天橋で亡くなった月。私達はこの月に反戦の集いを持ちつつ、来年の 「 10 ・8 」 50 周年を迎えようとしています。「侵略戦争の銃は持たない。反戦の闘いには命をかける 」 交わした数少ない言葉の一つです。戦争できる国へ大きく舵を切った日本で、そうはさせない運動を大きく展開する時に、60~70年代の反戦運動を直視し、新たな糧とすることは大いに意義のあることだと思います。
展示をご覧下さい。講演会にご参加下さい。

「10・8山﨑博昭プロジェクト」山﨑建夫


山本義隆監修
◎10・8 山﨑博昭追悼 「ベトナム反戦闘争とその時代」展

1960年代~70年代における全国各地のベトナム反戦闘争の記録、写真など資料を集めました。コンテンツごとに展示し、過去を振り返り、現在へ反映し、未来につなげます。
期間中、毎日上映会があります。

 ・砂川基地拡張反対闘争の記録写真と資料。
 ・ベ平連とジャテックの活動記録。
 ・日本各地の米軍基地内での反戦地下新聞・機関誌。
 ・第一次羽田闘争(1967年10月8日)の連続記録写真(撮影・北井一夫)。
 ・王子野戦病院反対闘争、佐世保闘争、三里塚闘争の記録写真。
 ・ポスター(粟津潔 他)。
 ・関連書籍、雑誌、新聞、写真集などを展示します。
 ・展示会開催期間中、展示会場にて毎日上映会を行います。

《上映タイトル》

  1. 「怒りをうたえ Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ部」宮嶋義勇監督
  2. 「脱走米兵キャル 1968」(20分モノクロ)
  3. 「よみがえる科学者~水戸巌と3・11」MBS 毎日放送
  4. 「Do Not Kill」ベ平連JATECの記録
  5. 「現認報告書─羽田闘争の記録」1967年 小川紳介監督
  6. 「砂川の熱い日々」1955年(制作2002年 砂川を記録する会)星紀一監督
  7. 「Hearts&Minds ベトナム戦争の真実」1975年 ピーター・デイヴィス監督

展示期間:10月19日(水)~24日(月)
時間:10:00~18:00
入場無料
会場:京都精華大学ギャラリーフロール
   〒606-8588 京都市左京区岩倉木野町137
   ●叡山電鉄鞍馬線「京都精華大前」下車 ≫ 徒歩4分
   ●地下鉄烏丸線「国際会館」下車 ≫ 3番出口よりスクールバス運行(日曜運休)
   ●京都バス(路線バス)「国際会館駅前」 ≫ 40,50,52系統で「京都精華大学前」下車
   ※日曜はスクールバス運休。上記の路線バスをご利用ください。
   ※駐車場はございません。公共交通機関をご利用下さい。 
主催:「10・8山﨑博昭プロジェクト」大阪事務局
    〒530-0047 大阪市北区西天満4-8-2 北ビル本館301号 北本法律事務所内
    FAX 06-6365-0009
共催:京都精華大学
協力:60年代研究会(代表 山本義隆)


岡本清一記念講座「日本と世界を考える」
◎山本義隆講演会 近代日本と自由─科学と戦争をめぐって─

期日:2016年10月21日(金) 開場 18:00 / 開演 18:30
会場:京都精華大学 明窓館 M-201
参加費無料
主催:京都精華大学

【展示監修・山本義隆からメッセージ】
 ベトナム戦争は宣戦布告がないまま始まり、1975年に終結しました。この戦争をめぐって世界各国で反戦運動が拡がりました。本展は、当時の日本でのベトナム反戦闘争の軌跡を写真と資料で紹介し、現在から未来へつなげようとする試みです。
 1965年、米軍による北ベトナムへの空爆開始と南ベトナムへの上陸とともに、ベトナム戦争は本格化しました。ほぼ同時に日本では、ベ平連、三派全学連、反戦青年委員会、高校生運動が誕生し、反戦闘争が活発化しました。翌1966年には、立川基地拡張に反対して、砂川町の農民と全学連・反戦青年委員会の共闘が形成され、農民と学生と労働者との共闘体制は、その後の三里塚闘争にも引き継がれていきます。
ベトナムでの米軍の軍事行動のエスカレーションに応じて、米軍の後方基地としての日本の役割は飛躍的に増大。それに並行して、反戦闘争は日本の戦争加担という事実と向きあっていくことになります。とりわけ、ベトナム戦争への加害者であることの自覚を日本人にうながしたのが、1967年10月8日の佐藤栄作首相の南ベトナムへの訪問強行でした。サイゴンの米国傀儡政権への政治的な梃子入れを目的としたこの訪問を阻止するために、学生・労働者は羽田で闘い、この闘いへの凶暴な弾圧のなかで、京大生・山﨑博昭君(18歳)が死亡しました。
以後、日本の反戦闘争は激しさを増し、なかでもジャテックの活動は、米軍基地からの反戦米兵の脱走支援、さらには基地内での叛乱をうながす運動へと発展していきます。その後、日本国内のほぼすべての米軍主要基地において、反戦地下新聞が発行されるようになり、無許可離隊や命令拒否が続発するという事態が生まれます。それが世界最強を誇る合衆国の軍隊を内部から弱体化させ、1975年のサイゴン陥落、ベトナム戦争の終結に向かう遠因となったのでした。
 この1960年代半ばから10年近くの日本のベトナム反戦闘争は、学生・労働者・農民、そしてサラリーマンから主婦にいたるまで、広範な人々により、重層的な構造と広域的な拡がりをもって闘われました。また自衛隊内部からも反戦の声があげられました。
 本展「ベトナム反戦闘争とその時代」は、山﨑博昭君追悼とともに、かつての時代の一端を残存資料によって再現しようとするものですが、それはたんなる追憶にとどまらず、その時代の経験を後続の世代に継承してほしいと願っての企画です。


10・8山﨑博昭プロジェクト 第2回大阪講演会
◎「2015年夏、日本は変わったか?」

講師:上野千鶴子(社会学者)
日時:11月26日(土) 開場 13:00 / 開演 13:30~15:30
会場:大阪駅前第3ビル17F TOGホール
※詳細は追ってお知らせします。


161019flyer_01s 161019flyer_02s

イベントチラシ

 

世直し・社会変革 - 政治ブログ村

 愛読ありがとうございます。スマホ、アイフォンからも応援していただくことができます。(画面をPC設定、デスクトップ設定などにしたら順位がわかります。)
上 の
ークを強く押してくださいせ。

☆cc

« 稲田朋美防衛大臣らの「白紙領収書」は、号泣県議・野々村竜太郎とどこが違うのか | トップページ | 高江の闘いを貶めるネトウヨのデマを弾劾・粉砕する~たたかうあるみさんのブログより »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1545696/67845113

この記事へのトラックバック一覧です: 1967年10月8日、佐藤首相のベトナム訪問=ベトナム参戦化に反対して、羽田闘争が闘われた~それから49年、殺された山﨑博昭さん追悼の催しが10月21日前後に京都で:

« 稲田朋美防衛大臣らの「白紙領収書」は、号泣県議・野々村竜太郎とどこが違うのか | トップページ | 高江の闘いを貶めるネトウヨのデマを弾劾・粉砕する~たたかうあるみさんのブログより »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ