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2016年6月 3日 (金)

「期待外れだったオバマのヒロシマ訪問」

オバマ広島訪問は55点? 元朝日新聞編集委員「期待外れだった」

    

 世界の人びとが固唾(かたず)をのんで注視していたオバマ米大統領の広島訪問がようやく実現した。大統領は原爆慰霊碑に献花し、「所感」を発表した。1967年から49年間にわたり新聞記者、さらにはジャーナリストとして、ヒロシマ・ナガサキに関わる報道に携わってきた、元朝日新聞編集委員の岩垂弘氏にとっては、広島での米大統領の言動は期待外れであったという。

*  *  *

 米国は戦争で核爆弾を使用した唯一の国である。それゆえ、広島、長崎の市民は「原爆がいかなる惨害をもたらしたかを、米国の指導者はその目で確かめてほしい」と求めてきたが、歴代の米大統領が被爆地を訪れることはなかった。

被爆者の森重昭さんを抱き寄せるオバマ氏 (c)朝日新聞社© Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 被爆者の森重昭さんを抱き寄せるオバマ氏 (c)朝日新聞社

 しかしながら、オバマ氏は現職の米大統領として初めて広島の地を踏んだ。訪問の目的が何であれ、この点については画期的なことであり、私はオバマ氏の決断に敬意を表したい。

 半世紀にわたって原爆被害の実相を見つめてきた私としては、オバマ大統領に二つのことを期待していた。

 一つは、原爆死没者、被爆者に「原爆使用は間違っていた」と謝罪してほしい、ということだった。なぜなら、広島、長崎への原爆投下は、非武装の市民に対する無差別の攻撃であり、大量殺戮(さつりく)と言ってよく、その被害は人類史上まれにみる残酷にして悲惨なものであったからだ。

 加えて、原爆の炸裂(さくれつ)によって生じた放射線により、被爆者は71年後の今も後遺障害に苦しむ。しかも、米政府は、広島と長崎で被爆者に対し検査をおこなったが、治療はしなかった。

 まさに、人道に反する行為である。このことは、国際司法裁判所が1996年に「核兵器の使用・威嚇は一般的には国際法・人道法の原則に反する」との国連への勧告的意見を発表したことでもすでに明らかだ。

 そもそも原爆投下は不必要だった。「日本本土での決戦を避け、戦争を早期に終わらせるためだった」というのが米政府の見解だ。だが、実際には、当時の日本軍はうち続く玉砕という名の部隊全滅や敗走、米軍機による日本本土の都市部や地方への空襲ですでに戦闘能力を失っていたのだから。

 こうした経緯から、私としては、米政府は原爆死没者と被爆者に謝罪すべしと思い続けてきた。ところが、大統領の「所感」では、広島・長崎を含む第2次世界大戦における全ての戦争犠牲者への哀悼の辞が述べられ、被爆者への謝罪の言葉はなかった。その代わりだったのだろうか、大統領は慰霊碑の前で被爆者代表と握手したり抱擁し、その訴えに耳を傾けた。

 もう一つの期待は、核なき世界の実現に向けて具体的な道筋を示してほしい、ということだった。

 大統領就任後の2009年4月、オバマ氏はチェコ・プラハで、「核兵器を使用したことがあるただ一つの核保有国として、米国は行動する道義的責任をもっている」「だから、今日、私は明白に、信念とともに、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します」「米国は核なき世界に向けた確かな歩みを始めます」と演説し、世界の人びとに感動と希望を与えた。

 しかし、それから7年。オバマ政権は核軍縮でこれといった業績を残していない。そればかりか、むしろ、核軍縮に後ろ向きの姿勢を取り続けてきたと言ってよい。例えば、96年に国連総会で採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)を、米国はまだ批准していない。すでに164カ国が批准し、核保有国のロシア、英国、フランスも批准しているのに、である。CTBTの禁止対象外の臨界前核実験も続けている。

 日本を含む各国の反核平和団体による核兵器廃絶運動が国際政治を動かし、ようやく国連という舞台で、核兵器禁止条約締結に向けた動きが具体化しつつある。今年2月からジュネーブで始まった国連の核軍縮作業部会がそれだ。が、米国をはじめとする核保有5カ国はこれをボイコットしたままだ。核不拡散条約(NPT)が、核保有国に対し誠実に核軍縮交渉を行うよう義務づけているにもかかわらず、である。

 プラハ演説は、ノーベル平和賞に輝いた。が、その後、行動が伴わず、いまや、すっかり色あせてしまった感が強い。だから、私としては、広島では、核兵器廃絶に向けた具体的なプログラムを示してほしいと願っていたわけである。

「所感」にしては、内容は理念的、哲学的で、核なき世界をどう実現してゆくかという具体的提案はなかった。演説にはプラハであった熱情はなく、私は感銘を覚えなかった。印象に残ったのは、朝鮮人の被爆に言及したことぐらい。

 オバマ氏の任期は来年1月までとあとわずか。去りゆく者としては、核軍縮の具体策など打ち出せなかったということか。大統領の広島訪問は遅きに失したとの思いを禁じ得ない。

 謝罪もなく、核軍縮に向けた具体策の提示もなかった。これでは、私の立脚点からは今度の訪問に“合格点”を差し上げられない。率直な印象を言わせてもらえば、100点満点で55点ぐらいか。

 ところで、オバマ大統領の広島訪問は、はからずも日本人に自らの歴史認識について再考をうながす機会となった。この際、そのことも、強調しておきたい。私は大統領の広島訪問にあたって何人かに意見を求めたが、「大統領に謝罪を求める前に、日本がまず、日本が起こした戦争で被害を与えた国々の人たちにきちんとした謝罪をすべきだと思う」と話した人が少なくなかった。

 ある長崎の被爆者は「アジアやヨーロッパで海外生活をする機会を得たが、長崎、広島の被害だけを主張しても、残念ながら世界は耳を傾けてくれないと実感した」と語った。

 広島の被爆詩人・栗原貞子は、

「<ヒロシマ>といえば/<ああ ヒロシマ>と/やさしいこたえがかえって来るためには/わたしたちは/わたしたちの汚れた手を/きよめねばならない」

 と、うたった。

 この機会に、貞子の詩の一節を心に刻みたい。

※週刊朝日 2016年6月10日号

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