© diamond 有力候補だった日本は敗れ、オーストラリア海軍の次期潜水艦12隻の共同開発・建造はフランスと行うことに決まった Photo:代表撮影/Abaca/AFLO
マルコム・ターンブル豪首相は4月26日、オーストラリア海軍の次期潜水艦12隻の共同開発・建造はフランスと行う、と発表した。安倍政権はオーストラリアを対中戦略の「准同盟国」と見て軍事協力を進めようとし、その「目玉」が「そうりゅう」(蒼龍)型潜水艦の共同建造だった。
2014年4月1日に武器輸出を推進するための「防衛装備移転3原則」を発表したのは、同月5日から来日するトニー・アボット豪首相(当時)との会談に備えたもので、7日の安倍・アボット会談で「潜水艦関連技術の共同開発」が合意された。同年7月には安倍首相が豪州を訪問し、同月8日に「防衛装備品・技術移転協定」が署名された。これには「船舶の流体力学を含む」と特記され、潜水艦の共同建造を念頭に置いていた。
「そうりゅう」型は、競争相手のフランス、ドイツの潜水艦と比較し、運用実績、性能、価格で有利と見られ、豪海軍首脳も「有力候補」と言っていただけに、この落選は安倍政権の防衛、外交関係者にとり大きな衝撃だ。
オーストラリアにとり、中国は圧倒的に第一の輸出先であり、世論調査でも中国に「良い印象」を持つ人が57%、「悪い印象」が33%だ。日本の潜水艦を採用して反中国同盟に加わるように誤解されては迷惑千万だから、あえてフランスと組んだとも考えられる。
競争上有利だった日本の「そうりゅう」型
オーストラリアの次期潜水艦計画は、現有のスウェーデン設計の「コリンズ」級(3400t)6隻の後継に、12隻を同国アデレードの造船所で、外国の技術、部品、装備を入れて建造しようとするもので、耐用年数30年分の維持・運用経費を含めて500億豪州ドル(約4兆円)という巨額の経費を予定した同国史上最大のプロジェクトだ。
大型の通常推進(ディーゼル・潜航中は電池)潜水艦を造っているのは日本、ドイツ、フランス、スウェーデン、ロシア、中国だが、スウェーデンで設計、オーストラリアで建造した「コリンズ」級は故障が頻発して不評のため、日、独、仏の競争となった。当初の仕様では「4000t級」となっていて、「そうりゅう」型は潜航時の排水量が4200tだからピッタリだった。
フランスのDCNS(海軍建艦局・政府を主要株主として民営化)が提案したのは同国海軍が3隻建造中、他に3隻計画中の原子力潜水艦「シュフラン」級(5200t、全長99.5m)を2mほど短くして4700tにし、原子力機関の代わりに通常推進機関を搭載、長時間潜航ができるAIP(Air independent propulsion:外気を取り入れなくても発電可能で推進用モーターを動かせる「非大気依存推進」)を付ける計画だった。
ドイツのティッセン・クルップ社は韓国で9隻建造中(うち5隻就役)、ギリシャに4隻を輸出した「214」型潜水艦(約2000t、燃料電池式AIP搭載)を大型化し4000tにする「216」型を提案した。
だがこれらの案は大きすぎる艦を短くしたり、小さすぎる艦を大きくするもので現実には存在せず、再設計、テストが必要になる。その点「そうりゅう」型は2009年以来すでに7隻が就役し、2隻が建造中、3隻の予算が決まっている。潜水艦は30気圧以上の水圧にさらされ、少しの工作ミスや、部品の欠陥が大事故につながるから、日本の感覚ではすでに実績のある艦を採用する方がリスク、トラブルが少なく、コストや納期も確実で競争上有利と思われた。
「そうりゅう」型のAIPは液体酸素でケロシンを燃やしてピストンを動かし発電するスウェーデン開発の「スターリング機関」を採用しているが、AIPはこの方式でも、またドイツ方式の燃料電池でも発電量が限られ「そうりゅう型」で300KW、ディーゼル発電機の10分の1の出力しかない。
AIPでは速力は4~5ノットしか出ないから、一定の海域で1~2週間潜航して待機し、待ち伏せをするのには使えるが、襲撃や離脱の際に高速を出そうとすれば、あらかじめ浮上したり「シュノーケル」(吸気筒)を海面に出してディーゼル機関を回し、巨大な鉛畜電池に蓄えた電気を使うしかない。20ノットの全速力を出すと、一般的には約30分でほぼ放電してしまう。
このため「そうりゅう」型の11番艦(2015年度予算)と12番艦はAIPを廃止し、リチウムイオン電池を搭載する。これは従来の鉛電池の2.5倍~5倍の電気を同じ容積・重量で蓄えられるから長期間の低速潜航も高速での連続走航も可能となる。さらに鉛電池は弱い電流で長時間かけて充電する必要があったが、リチウムイオン電池は大電流で急速充電ができるから、短時間シュノーケルを出し、エンジンをフル回転させて完全充電し、すぐ潜航できる、などなど運用の柔軟性と性能は飛躍的に向上する。
「そうりゅう」が敗れたのは価格の問題でない
コスト面では、ドイツは12隻で200億豪ドル(約1.6兆円、1隻当たり1330億円)、日本が250億豪ドル(約2兆円、1隻当たり1660億円)だったのに対し、フランスが350億豪ドル(約2兆8000億円、1隻当たり2330億円)を提示したと報じられている。
これは法外な高値で、リチウム電池搭載の「そうりゅう」の12番艦(今年度)の予算は636億円。アメリカで連続建造中の「ヴァージニア」級原潜(7800t)を2014年に10隻発注した価格が1隻17.6億米ドル(約1920億円)だ。オーストラリアは日、独、仏の提案の中でもっとも高く、米国の新型原潜より高価なものを選定したことになる。「そうりゅう」が外されたのは価格の問題でないのは確かだろう。
オーストラリア政府が見込む500億豪ドル(約4兆円)の総支出額のうち、約200億ドルが建造費、約300億ドルはその後30年間の「ランニングコスト」(維持・運用経費)と言われていた。
各国が提示した価格は維持費の一部(交換部品など)を含むかもしれないが、それにしてもやはり異様な高値だ。「造船所も建造するつもりか」とも考えたが、今のコリンズ級も同国南部のアデレードの造船所で作られており、施設の一部改修程度で済むはずだ。
マリズ・ペイン国防相(女性)は26日のテレビインタビューで、フランスと共同建造する次期潜水艦の1番艦の進水は「2030年代の初期」と述べている。コリンズ級6隻は1996年から就役を始めているから、30年もつとしても2026年から退役が始まり、次期潜水艦はそれに間に合いそうにない。すでにある「そうりゅう」型なら十分間に合うはずだ。
私がオーストラリアの軍事記者なら「法外の高値」や「更新計画のギャップ」を追及するところだが、そうした詳しい現地での報道は見当たらない。同国では7月に上下両院の同日総選挙が行われる見通しで、雇用問題が大きな関心事となっている。このため、政府は「潜水艦は材料も国産、2850人の雇用を創出」と主張している。同国の財政は赤字なのだが計画に投入する金額は大きいほど景気良く聞こえるから、30年間のランニングコストまで含め「総額50億豪ドル」と大きく出た様子だ。
オーストラリアは原潜を造るつもりか
それにしてもフランスの1隻2330億円は異様な価格だから、日本では「オーストラリアは原潜を造るつもりでは」との見方も出る。フランスの「シュフラン」級原潜のエンジンを通常推進に変えたものをまず造り、国民の反応などを見て原子力機関に換装し、12隻中の後期型は始めから原潜にするつもりならフランスと契約したことは筋が通る。
フランスのDCNSはブラジルで共同で潜水艦造船所を建設しており、2014年12月に開所式を行った。最初に建造する4隻はフランス設計の通常推進潜水艦「スコルペヌ」型(1870t)だが、5隻目は「シュフラン」級原潜とする計画だ。それと同じ構想をオーストラリアにも売り込んだ可能性はある。
インドは国産の弾道ミサイル原潜「アリハント」(6000t、射程700kmのK15弾道ミサイル12基)を2009年に進水させ、現在海上テスト中で、2、3番艦も建造中の様子だ。またロシアから「アクラ」級攻撃(対艦船用)原潜1隻をリースしていて、これはさらに増えそうだ。オーストラリア海軍もインド洋を主たる活動海面としているし、第1次大戦当時は巡洋戦艦「オーストラリア」を持ち、第2次大戦後には空母「メルボルン」を保有していたから、今日の主力艦である原潜を持ちたいだろう。
だが、もしオーストラリア政府や海軍が元から原潜保有への足掛かりとしてフランスと組むことを企図していたのなら、なぜ日本に対し「そうりゅう」型が有力候補であるかのような素振りを示したか不可解だ。原潜建造の狙いがあってフランスと気脈を通じており、日本は単なる当て馬だったなら、日本に強い期待感を抱かせ、最後にどんでん返しをして恨まれるようなことをする理由はないだろう。
海上自衛隊は4月15日、「そうりゅう」型3番艦の「はくりゅう」(白龍)と護衛艦2隻をシドニーに派遣し、豪海軍と共同訓練をして売り込みの一助にしようとした。ところが「はくりゅう」は到着すると人目に付かない港の奥に係留され、一般公開も行われなかった。それが26日に出港した直後、フランスとの共同建造が発表された。共同訓練計画は普通1年以上前に両国軍が相談して決めるもので、もし元々原潜が欲しくてフランスと組みたかったなら、日本の潜水艦の宣伝をするような計画に相手の海軍は賛成しなかったろう。今回は両国海軍にとり実に間の悪い結果になった。まるで親密だったガールフレンドをパーティに招いて、その席上他の女性との婚約発表をしたような形だ。
安倍首相の「盟友」の敗北と退陣
こんな事態になった一因は、安倍首相の「盟友」と言われたトニー・アボット前首相が昨年9月14日の自由党(保守派与党)総裁選挙で敗れて退陣したことで、その後風向きが変わった気配がある。同氏は自由党内でも右寄りで支持率が低下したため、党総裁選挙になったが、その結果与党総裁・首相の座を同党内リベラル派のマルコム・タンブール氏(元同党総裁、通信相)に譲ることになった。
ターンブル首相は対中関係を重視しており、長男のアレックス・ターンブル氏(33歳)は北京に留学中知り合った中国の国際法学者の娘と2012年に結婚している。ターンブル首相は今年4月14日、15日経済界の代表団1000人以上を率いて訪中し、李克強首相と会談した。オーストラリアにとり、中国は最大の輸出相手国で2014年に輸出の33.6%が中国向け、日本向けは17.9%、アメリカ向けは4.2%だった。昨年12月20日に中国との自由貿易協定が発効し、もちろん中国主導のAIIB(アジア・インフラ投資銀行)に参加している。
安倍首相はアボット前首相と親密で、オーストラリアを「准同盟国」と見なし、防衛協力を進めて共に中国に対抗しようとした。潜水艦の共同建造はその「目玉」とも言うべきものだった。
だがオーストラリアの国益を考えれば、主要輸出品目の鉄鉱石と石炭を大量に購入してくれる中国に日本が対抗姿勢を示し、「中国包囲網」を作ろうとしているかに見える状況の中、日本と軍事協力関係を強めて中国との関係が損なわれては迷惑千万だったろう。オーストラリアを訪れる年間100万人の中国人観光客も人口2400万人の国にとり軽視できない。
日本では「中国経済の低迷」が強調されるが、昨年の中国の輸出が、欧州の不況などの影響で2.9%減だったのに対し、輸入は原油価格などの低下で14.2%も減ったから、中国は空前の貿易黒字5930億ドル(昨年末のレートで約71兆円)を記録した。GDPの伸びも6.9%に下がったとはいえ、日本の0.47%、アメリカの2.34%などと比較すれば大変な急成長で、今後も暫くは6%台の成長を続けそうだ。
中国のGDPはすでに日本の2.76倍に達しているから、オーストラリアが中国を最有望な市場と見て、良好な関係を保とうとするのは当然と考えるしかない。
2013年1月13日に岸田文雄外相がオーストラリアを訪れ、労働党政権のボブ・カー外相と会談した後の共同記者会見で、カー外相は「中国は我が国にとっても、日本にとっても重要なパートナー。中国包囲網には加わらない」と明言した。日本側がそれらしきことを持ちかけたが拒否したことを中国に聞かせる狙いだったろう。
2007年12月から2010年6月までオーストラリアの首相だった労働党のケビン・ラッド氏は中国要人も驚くほどの中国語の達人で「陸克文」との漢字名を刷った名刺を配ったという。彼の令嬢は香港の中国系オーストラリア人と結婚している。また習近平国家主席の弟で香港の実業家だった習遠平氏(59)はオーストラリアの永住権を取得し移住したとされる。中国とオーストラリアの間には個人的な親交も結構あるのだ。
日本だけが突出している「中国嫌い」
アメリカの有力な世論調査機関「ピュー・リサーチセンター」は世界40ヵ国で4万5435人に中国への好感を持つか否かを聞いた結果を2015年6月に発表したが、オーストラリアでは「イエス」が57%、「ノー」が33%だった。アメリカでは「イエス」が38%、「ノー」が54%、韓国では「イエス」が61%、「ノー」が37%、フィリピンでは「イエス」が54%、「ノー」が43%だった。40ヵ国の中間値は「イエス」が55%、「ノー」が34%だった。ところが日本では「イエス」はわずか9%で「ノー」が89%だから、日本人の中国嫌いは世界で突出している。
日本では嫌中派が圧倒的に多いから、つい他国もそうか、と思い、オーストラリア、韓国、フィリピンなどと連携して「中国包囲網」を結成しようという妄想に陥るのだろうが、各国の経済の利害と国民感情から見て、日本は一人踊りをする結果になるだろう。
AIIBには57ヵ国がすでに加盟し、約30ヵ国が申請中、とも伝えられる。アジアで参加していないのは日本の他には、中国に拒否された北朝鮮と台湾、混乱中のアフガニスタン、それになぜかブータンぐらいで西欧諸国もほとんど入っている。オーストラリアとしてはフランスはAIIBに入っており、中国にも艦載兵器やその技術を輸出してきたから、日本よりはフランスと組んで潜水艦を造る方が対中関係上無難、と考えたかもしれない。
武器の売り込み競争は常にきわめて熾烈、情報機関も動員し、謀略や贈賄、政治工作が横行する。オーストラリアに対してフランスやドイツの側は「日本の潜水艦を選べば軍事同盟のように中国に思われますよ」と説いたかもしれない。中国も「日本よりも他の国の潜水艦の方がよろしいのでは」などと示唆したことも考えられる。
アメリカと中国は南シナ海の人工島問題で対立しているかに見えるが、他方で両国海軍は2015年11月に初の大西洋(フロリダ沖)での共同訓練を行ったり、今年4月には米第7艦隊旗艦「ブルーリッヂ」が南シナ海に面する中国の軍港湛江と上海に入港、中国南海艦隊の艦と通信・救難訓練を行うなど交歓に努めている。米中の経済関係は双方にとり死活的な重要性を持つから、おたがい決定的対立は避けたいのだ。
オバマ大統領は2014年4月24日、東京で安倍首相と会談後の共同記者会見で「私は安倍首相に言辞を低く保ち、挑発的行動を取らず、いかにして日中双方が協力できるのかを決めることの重要性を強調した」と語った。“Keeping the rhetoric low”とは中国に対し「口を慎め」との忠告で、アメリカは日中の対立に自国が巻き込まれることを警戒している。
今回のように、武器輸出で失敗するだけならまだしも、今後日本が中国との対立を深めれば、他の諸国も中国の反応を忖度して、さまざまなケースで日本と距離を置く状況が生じはしないか。時代遅れのイデオロギー的世界観から早く脱却しないと日本は孤立するのでは――との思いを今回の潜水艦売り込み失敗で新たにせざるをえない。
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