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2015年7月14日 (火)

戦後70年、この国に民主主義はあったのか~国会から、労組、新左翼運動まで、ものの見事に民主主義は無かった

 国民の85%が理解してなくても、国会に議席を多数持てば、安保・防衛という国の根幹にかかわる、国民が生命を投げ出さなくてはならないような法律でも制定できる。できた以上、これに違反すれば刑事罰に問われる。
 今国会で審議されている安保法案への疑問は、単に一法案にとどまらず、戦後日本共通のアイデンティティであった、平和主義と国民主権の両方が一気に剥奪されることへの怒りや危機や恐怖からではないかと思う。

 国権の最高機関で法律を制定できる国会は、小選挙区制以降、24%の得票率で70%近くの議席を独占できる。しかも政治家はしっかりとした地盤を継承した2世・3世ばかりで、あとは小泉チルドレン以降は政党・党首の名で当選する不勉強な中学生レベルの党首親衛隊(小泉・小沢・橋下・安倍)ばかり。審議もまともな論争もせず、憲法学者に負ければ最高裁をだし、最後は選挙で選ばれたから「白紙委任」と開き直る橋下や安倍。このどこに「少数意見の尊重や、熟議」という民主主義の最低ルールがあろうか。今や自民党は党首独裁の党となり、国会もその追認機関となった。そしていったん権力を握ったものは、制度をいじり負けない方法で権力を維持する。こんな独裁者の姿は古今東西ヒトラーやスターリンやチャウチェシクなど長年見てきたが、60年代末の直接民主主義運動もそれ以上力を発揮することができず、今またそのな
れの果ての「安倍の独裁」の追認が強制されようとしている。

 しかしそれではひるがえって民主主義の破壊は政府・自民党だけだったのだろうか。実はこれに反対する左翼運動は、本家本元のソ連共産党や中国共産党が主導した国には民主主義はなく、党も国家機関も「党中央」の独裁であることは広く証明されている。日本共産党はそれなりの近代政党だが、党大会の運営と投票を見ると、1000人の代議員がいても反対票は数票にも満たない。時おり意見が分かれると分裂・除名となる(昨今はそれもないが)が、その時はある種激しい論争となり革命的民主主義が発揮されるときもあるが、確固たる理念がない時は中央から除名され排斥されやがて消滅する。(「日本の声」や中国派など)
 労働組合も右派鉄鋼労連などという労働組合には民主主義がないことは「工場の門をくぐると憲法が停止する」と言われるように、厳然たる事実だ。左派と言われてきた自治労や日教組も、本当の下から積み上げる民主主義と言われるものはなく、現場は上意下達の中央の決定・動員司令をこなすマシーンでしかない。(勢いのあった時は、「選挙マシーン」などと言われた)

 そしてこれらの各種のスターリン主義とも言うべきあり方を克服するとして、「反帝国主義・反スターリン主義」を標榜して始まった新左翼運動も50年たてば、共産党以上のスターリン主義に舞い戻っていたのは、昨今出された『革共同政治局の敗北~あるいは中核派の崩壊』(水谷保孝・岸宏一)という本の中に、おぞましい姿で出てくる。岸や水谷も政治局員だったのだが、それらに君臨する清水丈夫と政治局は、民主主義の根幹の一つの情報をすべて独占・操作し、党員を管理・支配していく姿が赤裸々につづられている。しかし政治局員=水谷・岸は対立する政治局員=中野洋動労千葉委員長(故人)との党内抗争を語っても、中野が「労働組合は丹頂鶴、頭のてっぺんさえ赤ければ、組合は支配できる」といい、下部に「労働組合の権力を取れ」と言っていたことは一言も批判しない。それよりそのような政治局の支配に反乱した関西地方委員会の大半の労働者党員たちと常任の行動の激しさを「テロ・リンチ」と批判してみせる。ここにあるのは支配階級が労働者・市民の反政府行動が激しくなるや「テロ・リンチ」と批判すると同じ論理構造だ。(この本のデタラメさについては、別途詳しく論jじるが)

 同じく現下の戦争法案反対闘争でも、左派運動の中にも民主主義を軽んずる傾向はそこかしこにある。全国では1000人委員会という運動があるらしいが、これまた労組の支配する運動で、市民の自由で創意ある行動はまったく尊重されない。一部労組役員や議員やセミプロ運動家と一部の学者文化人が運動をリードしているように見える(中には大江さんや澤地さんなど懸命にがんばる学者・知識人はいるが、裏を操っているのは古色蒼然の人たち)が、兵庫県下では昨年結成され、年末に一度集会が開かれた限り、市民の要望はまったく聞き入れられず、この強行採決前になっても、一度たりとも行動は呼びかけられない。こんな無責任な組織が、また次には「集会主催者」と称して出てくるのだ。このような牢固たる習慣は断固破棄されなくてはならない。特に5月3日、神戸朝日ホールと5月4日いたみホールで、高橋源一郎さんから『僕らの民主主義(なんだぜ)』(朝日新書でよく売れている)を学んだ私たちは、運動内部の変革にも責任を持たないと、再度の政権交代や独裁政治が崩壊したそのあとに、左派独裁専制政治をもたらしたのでは、処刑ものでしかない。

 いずれにせよ、民主主義の問題は、「少数者の意見の尊重」「言論・討論の自由の保障」「違う意見の表明権、意見の違いで排斥・除名しない」「党議拘束の撤廃」「基礎単位の団体の発言権」「自決・自治権の承認」「党の利益より階級全体の利益
を優先」「その決定し行動し責任を取る労働者・農民・兵士・被差別大衆の評議会運動(コミューン、ソビエト、レーテ、フンタ)」などを実践し、この国全体を覆う民主主義軽視の風潮・作風を全面的に改めることが必要だ。それを現実の運動の中で進めることとして、今国会を取り巻き、街角でアピールする運動の中に、その可能性があることは間違いがない。
 ここ2週間の闘いは、「民主主義を守れ」ではなく「民主主義を一人ひとりに取り戻す」運動でもある。大いに喜び勇んで、闘いぬこう。
 最後に好きな言葉=「浮んだ舟は進む」。

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